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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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透明性を6月定例会の質問とした。


職員採用試験の町長の権限と、審査の透明性を6月定例会の質問とした。

審査については「能力試験」は県の自治会館でおこない、最後の審査の「面接」は町長・副町長・総務課長の3人が当たり、合否の判定をする。
私は透明性をきする為に、行政以外と町外部での採用試験面接を提案した。
行政で働く職員(部下)の採用は、自分達が当たるのが当然と言う町長。当然と言えば当然ながら、公平性が町の幹部三人、町長が選ぶ2人の身内での選考は、透明性と住民の納得できる公正が得られるかと言うと難しい。
勝倉三九郎町長時代は、県の自治会館・町村会・町助役の3人が、最終面接の審査をしたと言う。町の職員採用にもメスを入れないと、町民の格差は拡大し続けると私は思う。
私は地元の住民、そして家の家督としてこの町で頑張る試験者の採用を願う。
こんな事を言われた、町の職員募集は受験者の範囲は無く、誰でも受験できると町長、「議員の発言の町住民の優先性はできない、議員のこの発言は撤回した方がイイ。」と忠告された。陸前高田市の採用試験は、全国の試験場で開催し、10名の職員の採用試験を実施している。昨年は180名の受験者で、「18倍」であり、優秀な人材の確保に取り組んでいる。南三陸町は11~15人の募集で50名前後が受験した。前年採用者の中で「6名」の退職は異常と思うが、職員の希望であり行政の処理には問題がない。と町長は言う。

いつもか感じる事は、対案を出してと言いながら、議員の提案・意見など聞く耳も持たないと私は感じる。17年目わ迎える町長の長期政権の成せる技である。震災から復興を成し遂げつつあり、世間の後押しの風を受け、益々、自分のやり方は絶対であるとの、過剰なまでの自負の中で、残りの2年4か月の、復興の完結に向っている。

17日の現曜日で6月定例会の実質5日間の議会は終わる。


町の病院を管理委託とした自治体視察

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≪二日間の二つの病院視察でこんな事を学び感じた「2」≫

町の病院の管理委託に踏み切った
京都府精華町を調査した
町の病院経営の負担増の財政の逼迫ヘの
住民サービスの安定策として導入した
委託は大手病院法人で、経営ノウハウで5年を経過し
これまでの運営状況を精査し継続している

町の職員としての委託後の処遇がある
病院職員から町の職員ヘが2割
残りは先生と共に同じ仕事ヘ
退職する病院職員には退職金が支払われた

我が町も病院職員の意識改革なくして病院の存続はない

「田原本町・国保中央病院」の調査


≪二日間の二つの病院視察でこんな事を学び感じた「1」≫

4町で人口10万人規模で200床の病院の「田原本町・国保中央病院」
小児科に6名の医師がいる
産科はなく地域に安定した産科があることで参入はやめた
医院長の病院の運営や患者の動向を熟知し
病院の収益を常に監視し
病院の職員と共に経営向上と環境の整備に取り組んでいる
緩和ケアには100床と充実させ
家族と過ごせる病院環境を整備し
家族の看とりに努めていた
全国の9割近くが赤字の病院経営の中で
関わる4市町村からの適正交付金の元
3億円の利益収入の年度もあった

町の病院は我が町の規模で人口減少では赤字経営は仕方ないとも言う

今回の調査で健全経営の病院の経営ブラスのピントを持ち帰りたい



「荒島パーク」が「楽天パーク」に


今日は午後から議会広報委員会があり、6月定例会開催の町民向けの告知チラシの内容について考える。議会への町民の傍聴が皆無なのは何故か、10年前の頃から傍聴人は少なく、その時は議会の事を知ろうと初めて行ったことを思い出す。傍聴席は20席余りながら、二人前後の傍聴人だった。

大震災の発生の時に議案に大きい事があった。議会の審議に仮の議場に、傍聴人がいっぱいとなった事を思い出す。その事案は、町の提出した議案に「漁港の震災復旧整備」と「戸倉ゴルフ場の買い上げ」の2件を一議案とした事で、議会は不明朗な土地の問題に反対し、地区の漁民は「なぜ早期の漁港整備に反対なのか」と、漁協の組合員が動員?しての、大盛況な傍聴席だった事を思い出す。私は「分けての議論を」と思っていた。町の議案の提案は、町民の心をかきたてる方法を取った結果の出来事だった。ヤジも飛ぶし、議場は混乱するし、原因は執行部の長の提案手法にある。

結果的にはゴルフ場跡地を、楽天の副社長が土地を買いとり、町に寄付をした。こんな繋がりの中で、私は町と楽天球団の繋がりに対して、疑念から楽天球団を指示できない。楽天は震災復興の支援で、少しの知名度をあげ、首長の趣味の野球で、町は大きな後押しの企業を得た。

そんな事もあった。

住宅地と商店街は一体で


名取市閖上の「かわまちてらす閖上」に3日に行って来た。
4月22日に地域住民を招いてプレオープンした。名取川の脇に整備された商店街は、23店舗でスタートし、今後は27店舗の水産業者や飲食・物販の事業所が商店街に入る。
かわまちてらす閖上は、周辺には住宅地が震災前と同様に近い形で復興計画を進めた。気軽に周辺1Kも無い位で、地域住民が買い物に歩いて来れ、フードコーナーでは「たこやき」「とり唐揚げ」「カツ丼」など3店舗かあり、リーズナブルな単価で名取川の川風に、整備されたベンチで、ゆっくりと名取市閖上の商店街で、住民が時を過ごせる場所となっていた。

南三陸町の「職住分離」は結果的にどうだったのか、検証が必要だ。石巻・気仙沼を見ても、3m前後の嵩上げがあっても、同じ場所での生活が成り立っている。陸前高田も当町と同じ大がかりな土地整備計画の中で、長期の期間が掛り、その間に住民が街を離れた人も少なくない。
先祖の土地への家族の愛着が、「換地」と言う都市計画整備手法により、土地への愛着と同様に「町の愛着」が希薄となり、多くの若い世帯は町での暮らしを断念した。今まで住んでいた世帯を地元に残す事を考えれば、結果的には高校生以下の子供達の将来を考え、若い世帯が町を離れた。

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町の計画は議会が承認し、町づくりが進められるが、震災の混乱の中で将来の住民形成が見えなかった現実もある。隈研吾氏の新しい町づくりには、商店の再生と被災土地の観光再生があっても、町の住民生活と言う「町の形成」の配慮までは欠けていたのかもしれない。どんなに綺麗な低地部の整備があっても、暮らす住民が大きく減少しては、町の将来は厳しい事への対策は、復興計画の会議の委員も配慮が欠けていた。やはり首長の責任は大きい。誰を見ての復興なのだろうか。
南三陸町の復興は国の被災地再生の、一つのモデル地域と感じ、国が描いた青写真であり、南三陸町の真の町の再生再建となかっていない気がする。

名取市閖上地区の整備手法から多くを学んだ。

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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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