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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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大津波から多くの人を守った「高野会館」


国道45号の10m余りの道路整備は、津波防災の機能も併設している。海岸部にも「津波防潮堤」を整備する。大谷地区の国道と堤防の共用となる「震災復興」から比べても、国費の無駄の様に感じる。
南三陸町の志津川湾の景観を損ねる事を、八幡川左岸の復興事業を思う。そこに「高野会館」の建物をどうするかが、町の考えには一かけらも無く、「解体への町の意向」が根強い。震災での建物の解体も時期を過ぎ、全部解体経費が持ち主の負担となる。
整備された国道45号から、防災庁舎と高野会館を見て、どちらが遺構として適正かを考えて欲しい。こないだ女川町に行ったが、遺構となる「女川交番」が何処にあるのか解らなかった。
大津波から350人余りを守った高野会館、津波でも倒壊する事なかった建物、津波防災の建物として貴重な検証の価値がある。その辺を町に訴えて行きたい。

IMG_6115.jpg
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南三陸町の「高野会館」の保存について、皆さんはどう思いますか。津波から350人余りの町民が奇跡的に助かった場所。解体すればこの場所の奇跡を、どのように伝えれば良いのでしょうか。色々問題はあるのでしょうが、町と協議してもっと議論をして欲しいものです
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昨日、上記の内容を「ツイッター」と「フェイスブック」に発信し、皆さんに考えを聞いた。今朝の確認で多くの「いいね」を頂いた。防災庁舎が「解体」から「保存」に議会の決定が覆され、現在があるように、「高野会館をどういう形にしたら良いか?」、町の「震災遺構」として町民ともっと議論をすればいい。何でも町(町長)の意見が通る震災復興はおかしいと私は思っている。震災復興事業なら何でも認められる、現在の状況は町民の将来にとって有益かを議論してみたい。観光・交流人口拡大を言うのなら、残して当然の遺構と思うのだが、感情論ばかりが見え隠れする。父は「町外の企業が……」と反対の様で、いろいろあって当然だ。しかし、必要か否かは将来の事を考え議論し決定して欲しい。新水域の建物、土地・被災建物は所有者の同意なしに解体はできない。
残して欲しい企業と、震災の復興事業の障害となる町、ここでの町の判断は被災地のメディアの「的むとなっているようだ。



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