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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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南三陸町の現在の住宅と遺構の状況


志津川地区の仮設を廻る時に、「戸建が一列空いてます」「3DKが集合住宅で入る人がいないです」など、町の人口の減少の姿を知る事ができる。予定していた造成地も空地が埋まらない状況が見てとれ、空き地の対策が厳しい。
被災住民の意向を聴き取り、災害公営住宅の部屋数を建設し、土地希望者にも何度となく確認しての造成工事なから、6年目の復興住宅の完成と、土地整備の完成は、余りにも遅すぎたようだ。最初は家の新築を考えていたが、長い仮設での生活で今後の生活を考えると、復興住宅での生活を選択したとの声が大きい。二重ローンも払い続けている被災者も多い。
三世帯で3DKは世帯収入からの家賃の算定は、最高で「7万8千円」だった気がする。この金額だと年間で「93万6千円」で約100万円掛かる事になる。10年間で1千万となり、世帯主はその無駄で、町での土地整備が早期に進まないと言う事で、町外での住宅再建の生活を選択している。

宮城県の「震災遺構」については、東松島市と荒浜小学校の二つが復興庁の指定を受け、交付金が出ているとテレビで聴いた。石巻市の大川小や気仙沼市の向洋高校、そして南三陸町の防災庁舎は、遺構としての指定がなく、維持費や遺族との問題もあり、「震災遺構」としては認められていない。この実状はいったい何なのかと思う。町としてやるべき事があるだろう。鉄骨の防災庁舎は錆びて朽ちるまでの、見せ物として町は残しているとか考えられない。自分の任期の間だけ、自分の保身として見てしまう。
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