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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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三陸道は過疎の町or人口流出の「疲弊への道」


震災後に三陸道の早期延伸を願い、「命の道」と被災した町への政府の救済の一つとして、交付金と被災地支援の元に、多くのゼネコンが仕事を分け合い、入札率は99%で、入札価格も人材・資材不足で、大きな資金を建設会社へと支出した。そんな中で高速道のアスファルト舗装の談合も発覚した。自民の政府とゼレコンの繋がりの大きさは、官僚が政治家を操り、自分たちは建設会社などへの天下りを続けている。古くからの慣例と言う。

昨日、登米市に行った折に、三陸道で登米ICから志津川インターまでの高速道を通った。開通の10月30日の午後3時過ぎは、小森地区の高速入口まで渋滞が、防災庁舎前の信号から続き、津山・登米ICから初乗りした人たちも、小森の入口まで2㎞も数珠つなぎとなったと聴く。
登米市のインターから乗った私は、米谷~三滝堂~志津川までの通過時間は、時速80Kで20分掛かった。私が仙台までの用事では、津山インターまで商工団地の会社から25分で行ける。三陸道を利用し、商工団地から小森まで8分、登米インターから津山インターまで8分ぐらい、合計で36分も掛かる事になる。
私からすればこんなに時間の差があるなら、国道45号を通った方が時間のロスが少なく、スピードを100~120㎞に上げ、スピード違反と危険のリスクを負ってまで、高速を通る意味は無いようだ。

総理も知事も、そして町長も「命の道」を強調する。しかし、気仙沼までは時間的に間違いなく早く着く。物流と観光を捉えると、我が町にはそんなにメリットは一時的なもので、将来を考えれば観光人口・交流人口が、気仙沼市や岩手沿岸のリアス線に流れる気がする。また、ここでいつもの口癖の「想定外」との声が聞こえてくるようだ。これ以上の人口減は限界集落に、時間を掛けて向かうようだ。
高等学校の存続や、小中学校の児童・生徒の減少は、生徒間の学力の競争や人付き合いの限界で、孤立が増え「いじめ」「引きこもり」が増加するように思う。

合併し志津川町が「南三陸町」に改名され、議会の地区構成も、入谷4・歌津5人・戸倉5人、そして志津川の2人となった。議会議長はここ7年で、戸倉地区から3人の選出となり、首長との繋がりが深いと聴く。
志津川地区が町の中心だったものの、町の政治・復興の政策に反町長だった人たちが、次々に町を離れている気がする。町の観光・商工の推進事業の中核を担う首長の仲間が、活気を復興特需により拡大しつつある。

まあイイ!
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