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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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早く手を合わせる場所を

2011-07-16 17.16.55
志津川からの歌津の入り口の歓迎の看板で、まだ、千羽鶴もない被災直後の、瓦礫が散乱していた頃の写真です。
初めて殉職遺族の方に、行政が防災庁舎の件を説明した。あれから2年7か月が経つ今である。11月2日に慰霊祭が庁舎前で持たれ、防災庁舎解体前にあたり開催される。「遅い!」と家族は言う、当然の事である。防災庁舎解体だから慰霊祭にあたり家族の皆さんに通知をだした。防災庁舎解体前に家族には多くの庁舎を通した要望がある。これには行政は「ノー」と答えたと昨日聞いた。
慰霊碑の建立は前々から行政に、町内で亡くなられた家族は要望するも、行政は「いま計画中」「祈念公園の準備が整ったら」と一向に慰霊碑を建てる気配すらない。
そんな折に「生協」と「全優石」の二つの団体による、津波記憶プロジェクトの話が私に来た。とりあえず町民からこの計画に対する考えを聞いた。誰一人反対する人はいない。防災庁舎にこだわる事無く早期の来町者の手の合わせられる場所、勿論家族もそれを願っている。
プロジェクトは慰霊碑ではなく、津波の記憶の「モニュメント」としての計画であり、町と地域・子供達が一体となり進めるが、団体の希望である。
家族の要望は「名前を刻む慰霊碑」で、私も家族も名前に触れ故人を忍ぶが、多くの亡くなられた一人に触れ合う事に繋がると思っている。


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