FC2ブログ

 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
286票 次点(18人中17人目)

ある道の駅の風景に思う


高齢者が杖を付き御夫婦で買い物に来て、若夫婦が子供達を2・3人と連れだって、向日葵の記念写真のボードに顔を入れ、子供たちも笑顔でそれに答え喜ぶ姿がある道の駅であった。我が町は観光客の流入無しに、こんな光景は町民には少ない。

南三陸町の26年の出生と結婚についてのデータが新聞に掲載された。結婚が49組に対し離婚が25組となり、11組増えたと言う。被災しての家庭状況も色々な問題がある事をここからも伺える。出生は千人当たりの出生率で、「4.38」と、七ヶ宿の「3.17」に次いで県内で下から2番目となった。全国的な家庭の生活環境の変化があり、私の仲間達も子供達が孫の誕生の声を聴くが、南三陸町に残っての出性は少ない。地元に残っているこれからの婚期の若者は、結婚の出会いに厳しい環境を感じる。
町の出生数も年間62人と一か月にすると「5.16人」になる。気仙沼市は5月の出生数が10人台となり、前月よりも49人減ったと言う。死亡と出生の差が人口の減少の基準となり、20年後・40年後のデータが出される。20年後に8千人、40年後に5千人・・・と、こんな旧志津川町、合併した南三陸町の人口を誰が想定しただろうか。

震災しての復興の計画や形に今、人口減少に繋がりその加速は想定を遥かに超える。誰が町を守り存続させて行くかは、これからは南三陸町に暮らす家庭が、町民一人ひとりが取り組み町を造って行くしかない。
私も子供も無く結婚も「バツイチ」と町の疲弊を進めた一人と思っている。婚活事業の活動も道半ばで震災で集めた結婚希望のデータも流出し、町の為との活動も無に終わった。だけどまだやれる事は町の為にやって行きたいと考える。
しかし、人が結びつく事の大変さを一番肌で感じている。結婚願望は25歳を過ぎ、家督としての対場を自覚しての、自分なりの婚活に努力はした。互いの諸々の環境もあり、最後まで頑張ったが結婚も子供も出来なかった。今は違った形の生き方を模索する、一人では生きられない事を強く震災を通して感じているからだ。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
アクセスカウンター