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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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自然災害を甘く見ない市街地づくり


志津川地区は今回の大雨特別警報の期間で「64mm」の降雨に留まり、被災地の嵩上げ現場には大きな冠水は見られたかった。
これまでにも戸倉地区の翁倉山への大雨が、戸倉地区への大洪水となった事は、記憶に新しい。そして、今回の大雨は二つの台風の特別な気象配置で、50年の一度の大雨を発生させた。
この八幡川の写真は平時の水嵩であり、泉ヶ岳の一気の一時間に100ミリを超える降水となれば、嵩上げができない「防災庁舎跡地」への冠水は当然発生する。観光客の慰霊の場所であり、「震災遺構」の保存にあたっての整備は、県議会で予算計上されているが、鉄骨のサビ止め塗装と大雨による冠水対策はない。「県有化」は財政困窮の中で県に経費も移譲し、庁舎維持の経費は町にはなく、そのために「解体」と町長が決めた時の理由にある。
八幡川の増水は私が知る限り記憶には無いが、私が生を受けて59年となると、100年に一度や世界的異常気象の今では、大雨特別警報による志津川地区の大水害も予想される。
一番心配なのは河川堤防の「8.7m」の起点となる現在の志津川商店街の手前で、八幡川の冠水はその起点から現在の大手商店街へと流入し、農地の冠水と国道398号の寸断など、予想しない孤立地区が発生する。
また、新井田川などの河川の移転は、自然の川の流れを人工的な変更による、予期せぬ災害の発生で市街地商店と地区の分断が起こる気がしてならない。町づくりの大規模な市街地構成の変更は、多くの被災地の復興の形を見ていても、南三陸町のような大規模な町形態の大変更の町づくりはない。
今日、町の観光入り込みの現状を報道は伝える。震災前の23年は「約108万人」だったが、24年の4分の1と減少から、25年の約89万人の入り込み増加の8割に戻った。しかし、昨年は「約76万人」と10万人の現象は風化と捉えているようだ。震災支援や応援はいつまでも継続は難しく、早期の観光地としての環境整備と、受け入れのホテルや民宿などの宿泊場所確保が必須である。今回、来訪客の調査に「300万円」を計上した。
現行の町づくりは誰の為の町の政策なのか? 住民帰還・住宅再建の補助にもっと力を注ぐべきと私は思う。
今後も自然災害は以前よりも多発すると私は思っている。多くの予算の商店街への投入は失敗で、住民の流出阻止にもっと早く動き、定住させる為の政策の充実が必要だったと今でも思う。
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