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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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光あり望みありそして栄えあれ志津川高校


母校にある「モアイ像」の顔が私は好きだ。たぶん松原公園に整備された、被災したモアイの半分の頭部分と思っている。志高に設置する事は町が蘇る事と一致し、何事にも屈しない精神のモデルとして後輩には受け止めて欲しい。

昨日の入学式でも「南三陸町には志津川高校が存続した」との話があった。本吉郡にはまだ「響高校」と2校があるが、今後の人口減少による生徒数が大きく関わる。気仙沼市も「西高」が今年の入学生を最後に、3年後に気仙沼高校に統合となる。7万余りの市でも学校の再編は今後も続く。

登米市は大きな高校改変の変革期を今年から始めた。布施市長の将来に向けた政治姿勢が、厳しいとの政治決断もある。しかし、早期の災害公営住宅の整備で人口減少を食い止めた。高校の統合は新たに上沼高校に「登米総合産業高」を設立し、米谷工と登米高校そして米山高校を集約した。農業・商業など6学科で535人が在籍する。上沼高など4校の合併で寂しさもあるが、入学し再スタートで母校が今後も残る英断は、在校生にとっては嬉しい事である。登米市から3名の新入生が志高に入学したが、気仙沼線があったら通学に便利と思う。

戸倉小学校が2学期から共用が開始となる。地域に子供たちの声が聞こえる事は良いが、ある子供を持つ親は志津川小学校に合併する事を望んでいた。考えとして多くの児童の中で勉強させたいし、スポ少など多くのスポーツの選択もできると言っていたと聞く。バス通学にも慣れ両親もこんな生活を4年も続け、志津川小での隣接の生活も落ち着きた事も理由にあるだろう。
将来を見据えた子供たちの教育向上は、多くの中での切磋琢磨で、子供も親も知識を高める事が出来ると思う。母校が無くなる寂しさもあるが、新たな環境に子供達を置く事も、被災地の再生の後継者育成には必要と思う。
被災前に戸倉地区での「議会の住民の懇談会」でも、小学校の統合の話があった事を思い出す。
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