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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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震災遺構

2011-07-08 05.27.27
こないだ気仙沼市の市議団が長崎県雲仙普賢岳の火砕流での、家屋の被災遺構の視察が新聞に掲載されていた。南三陸町議会でも総務委員会の鈴木委員長以下5名で、長崎市への視察に震災の翌年に行った。火砕流に埋もれたままで、特殊な建物で遺構全体を保存が2~3軒、一階部分は火砕流に埋もれ、二階部分を見下ろすように見学ができ、火砕流の巨大な被害を目の当たりにし、震災の怖さを後世に伝え残した。もう一つは火砕流の熱風に襲われた小学校で、その脇に3階の普賢岳の全貌と、火砕流への対策として防御壁の広く繋がる光景を見る事が出来た。
しかし、多くの施設への来場者は少なく、観光としての伝承館の隆盛はもう無かった気がした。
本当の震災遺構など、もう我が町には無い気がする。写真は水尻川の水門の機械室に絡まる、養殖施設の牡蠣と浮きがあり、津波で防潮堤は破壊され海が陸地を覆い、ポツンと4階の公営住宅が残った。当時、鈴木委員長は残った住宅の部屋を活用すべきと提案したが、斬新な提案を悧巧する事とはならなかった。
消滅した町の震災伝承の、本当の現実構造物は「高野会館」しか、もうないと思う。

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