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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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私が理想とする今まで暮らした志津川が亡くなる


志津川市街地からの「津波拠点事業」として、3地区の造成が進んでいる。
東地区の北区は190戸から半分に造成面積が縮小され、東区の病院・ケアセンターの着工式が終わり、西区の現在の造成が写真で、駐車場の隣りの山が切り取られていっている。

(志津川東地区の現状況)
東の土地希望が154世帯となり、一坪あたりの価格は約6万~6.3万円で、借地代は66円~74円と言う。3地区の店舗付住宅を希望する住民は62世帯で、全体の18%となった。全体で土地購入が197世帯の56%で、借地は153世帯の43.7%と、土地の確保の資金的余裕が無い事が表われている。将来的には購入や転売もその中の住民の考えにはある。また、グループでの移転希望が多く、旧行政区・親族・友人など、3団地で103世帯があった。震災を通しての近所との助け合いや、一家族での生活の不安が、こんな結果を生んでいる。戸建での移転は希望は350世帯で、これが最終と思うが、土地の余裕もあり外部からの移転も受け付けると言う、町の考えも聴く。

災害公営住宅の8地区の入居希望者1523人で、65歳以上が551人と全体の36.2%を占め、志津川市街地地区は368人で35%だった。南三陸町の高齢化率は30.5%で、県内で7番目となり気仙沼は5番目と言う、七ヶ宿が44.6%で一番だった。しかし、南三陸町は住民の数が未だに流動的で、復興計画の完了後の32年には、厳しい数字が躍る事と思う。


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