FC2ブログ

 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
286票 次点(18人中17人目)

南三陸町に帰るために「道の駅みなみさんりく」


町の駅の名称が地元紙で紹介された。
南三陸町の住民の集える場なのに、観光客の来場を図る為の南三陸町の道の駅。道の駅の機能は、町の案内やトイレ、駐車場の広さ・安全性など整備の内容は、決められた「道の駅整備要綱」に抵触しているが、地域の住民が寄る為の、町の基幹産業である「農業」「漁業」の紹介と販促を、果たしているかと言うと成されていない。
商店内の2社の中央に以前は「南三陸マレシェ」と言う名で、さも地域の生産品を置き販売しているかと言うと、近隣の「道の駅」のようになっていない。今は「お盆」を前の供養の品々を置いてある。花・果物・野菜・お盆品が置かれ、それを求めに町民が来店し、久々に顔を合わせる機会の「場」としてある。
商店が主体で決めて行く「町の顔」、何も言わない・何も言えない住民がいる。これが「町づくりに関心が無い」との気持ちとなると、人は帰って来なく、人口減は収まる訳もない。

原発事故の町「波江」に、危険区域解除を待ち、ぽつりとぽつりと住民が帰ってきている。先祖代々の土地を守りたい。野菜作りをしたい。自分の生活を守る為と、「食べる物は自分で作る」と言う、昔ながらの生業を続ける。そんな環境を造る事をしない町の在り方は、「3回目の間違い」を首長はしようとしている。未だに自分本意な町政を続けるのか。
合併時の「新庁舎を二つの町の中央へ」は、建設協議会で財源が無いと、会議で建設は後回しにした。その結果、住民への「避難情報が流されず」、800名の死者と職員43人が亡くなった。「何度も同じことを言う」と、言われて面白くない人達は話す。震災の伝承の一部でもあり私は語り継いでいく。私は18年目となる現政権の改編を言い続ける。


スポンサーサイト



プロフィール

千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
アクセスカウンター