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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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南三陸町の津波の歴史に学ぶ


6月25日のブログより
朝5時過ぎに千葉県沖を震源とした「M6」を越える「震度5弱」の地震が発生した。「津波の心配はない!」と言う。この報道が大震災後の地震後に報道が伝える。「オオカミが来たぞ!?」のフレーズと同じで、どうせ来ないとの疑心暗鬼の状態となる。日本に発生する津波は、私が性をなし昭和35年の「チリ津波」から2011年の「東日本大震災」まででも、4から5回の津波が日本に到達している。数は少ないが日々の意識の持ちようだと思う。
海抜25mもある高台に暮らし、地震後の津波の心配と避難意識が薄くなっている。津波シュミレーションの日本の予想でも、その地域の住民は常に不安を持つ。私は「震度6強」で日本周辺の海溝での地震の時は、「津波発生」を想定した方が良い。「震度5程度」では津波は来ないか、来ても海岸以外は安全と思っている。家族で大人が子供を守る判断と行動が大切と思う。

今年の10月の「祈念公園」のオープンが迫っている。工事は順調に進んでいるようだ。町長は「コロナが終息しなくても予定どおり開園する」と断言した。本当にこれで良いのかと思う。仙台で終息後3人目の感染者がでた。東京でも55人で、全国でも「96人」と増えている。新型コロナ感染症から、住民と観光客を守る体制を宜しくお願いしたい。私の質問でも我が道を行く、議員の提案と忠告に耳を貸そうとはしない、強行・強権な発言ばかりが耳に残っている。


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コロナ渦の中で


《議員に発言に思う》
もう一つ私にとっては疑問の発言があった。一人の議員が「町長自ら緊急事態の解消となり、飲食の推進を職員含めてするべきでは」「町の海水浴の海開きをするべき」など、町長への要望を語った。その答えは「海水浴場は今月に協議し決定する」、「少しずつ様子を見て進めたい」と、まるで議会の意見のような発言に、聴いている人は感じるかもしれない。
私は「今年は海開きを中止」、「夜の職員の飲み会」は、世間の状況の中で、都会の状況とは違い、自然のコロナ終息の流れにまかせるべきと思う。まさに「拙速!」と感じた。色々な議論を否定するものではない。発言は自由だが、町民の受け止め方しだいだろう。

「観光立町」をめざし交流人口拡大を推進する、町長にとっては追い風となる発言だろう。少し言わせた感はないだろうか。

17日の新聞に、東松島市の「月浜海水浴場」は県内初で、海開きを決定した。


登米市の地産地消策


6月定例会の私の町長への質問は、歌津地区に「海水浴場の再建」と、「世界最古のギョリュウの化石の展示場を」の、町営での整備ながら、町長は頑なにこれまでどおりの答弁で、「何処に海水浴場の出来る場所があるのか」と、町長からの「反問権」を発動した。それに対し私は「町では海水浴場が無くなって海水浴のできる場所を調査したのか」と再度質問をぶつけた。議場が混乱したのは言うまでもない。「コロナ問題」「歌津の賑わいを」の2件の質問に対し、時間を越え90分の質問を終えた。質問は8割ぐらいに留まった。また議員としての活動を全うした。

一般質問は終わった、首長の余裕を持つ答弁に、町の政治の衰退を感じる。議員たちが考える「提案」「要望」に、できない事に理解を、これまで色々とやってきたと言う。「やって来た感」の発言に始終した。
選挙は令和3年10月と、あと1年4か月余りとなった。町長支持議員が、これまで選挙が近くなると「次期選挙の考えは」と一般質問で、これまで現場に居て2回も聴いた。今回は私が来年の選挙への出場はと聞いた。まだ考えていないと言い、その意欲がにじみ出ていた。
今日もコロナ対策の補正予算がある。コロナだから何でも許せる訳もなく、言う事は言わせてもらいたい。補正に反対はしないが、言う事は言いたい。


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Author:千葉のぶたか

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