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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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玉木代表良かった


山形県天童市の観光客も減少を続けている。多い時には「約80万人」があったが、現在は「約35万人」と、観光関係者が話していた。取り組みに「屋台街」の整備と、その中に石の将棋盤を造ったと言う。あの手この手で昔の賑わいを創ろうとホテル関係者の努力があった。台湾からの観光客が多く来ていると話す。南三陸町も「防災教育」での学生の交流があり、多い時で台湾からは「約300人余り」となっている。今年は高校生の台湾行き交流が実施される。忘れて行けないのは「南三陸病院」の建設への22億円の義援金が、台湾紅十字からの支援は一生記憶に残しておきたい。

南三陸町には昨年一年間で「約140万人」が来たと言う。町の「さんさん商店街」の仮設時代も多い時で「約80万人」にもなった。大震災の悲劇の町として全国的に有名となり、多くのボランティアと支援者が来町した。震災から8年10か月を迎え、新たな来町者の獲得に町は動いている。

3年前頃か? 町の海水浴場の整備で、多い時には「約6万人」を越えた。昨年末には、祈念公園の一部開園となり、築山の建設で祈りの場が整備され、寒い閑散期の来町者は築山に上る姿は、私には見えてこない。そして来年の秋ごろには、道の駅の整備と伝承館の建設が終わり、震災復興祈念公園が整備の完成を迎える。それで来町者(交流人口)が拡大するだろうか。被災地の各自治体でも記念公園が整備され、石巻市は電車と高速道での来町者は、「国立祈念公園」として、庭園など国際的な造園家、ワクイ氏が? が監修に関わっている。日和山からの眼下の完成した公園を一度は見てみたい。


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てっとりばやく交流人口拡大?


山形県天童市の観光客も減少を続けている。多い時には「約80万人」があったが、現在は「約35万人」と、観光関係者が話していた。取り組みに「屋台街」の整備と、その中に石の将棋盤を造ったと言う。あの手この手で昔の賑わいを創ろうとホテル関係者の努力があった。台湾からの観光客が多く来ていると話す。南三陸町も「防災教育」での学生の交流があり、多い時で台湾からは「約300人余り」となっている。今年は高校生の台湾行き交流が実施される。忘れて行けないのは「南三陸病院」の建設への22億円の義援金が、台湾紅十字からの支援は一生記憶に残しておきたい。

3年前頃か? 町の海水浴場の整備で、多い時には「約6万人」を越えた。昨年末には、祈念公園の一部開園となり、築山の建設で祈りの場が整備され、寒い閑散期の来町者は築山に上る姿は、私には見えてこない。そして来年の秋ごろには、道の駅の整備と伝承館の建設が終わり、震災復興祈念公園が整備の完成を迎える。それで来町者(交流人口)が拡大するだろうか。被災地の各自治体でも記念公園が整備され、石巻市は電車と高速道での来町者は、「国立祈念公園」として、庭園など国際的な造園家、ワクイ氏が? が監修に関わっている。日和山からの眼下の完成した公園を一度は見てみたい。

南三陸町には昨年一年間で「約140万人」が来たと言う。町の「さんさん商店街」の仮設時代も多い時で「約80万人」にもなった。大震災の悲劇の町として全国的に有名となり、多くのボランティアと支援者が来町した。震災から8年10か月を迎え、新たな来町者の獲得に町は動いている。



佐藤町長の政策は妥当か

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令和2年の南三陸町の取り組みは、果たして全町民と高齢者対策は政策としては、薄いと感じるのは私だけだろうか。

石巻や気仙沼の高速道からは、大震災を経験した自治体は、自然エネルギーの転換への姿が見られる。石巻は北上川沿いの山の峰に「風力発電」の鉄塔の風車が見え、田束山の向かって右の小泉の山には、巨大過ぎる「太陽光バネル」が輝いている。
自然エネルギーへの町の取り組みは見えてこない。町が実践してエネルギーの確保は、生ごみからのガスでの発電がある。家庭電力への転用はまだまだ先のようだ。「波発電」もあると思うが、提案しても取り組む事よりも、観光振興に町長の意識は高い。町民全体が潤う町づくりを考えて欲しいと熱望する

お正月にNHKの「ドュメント72時間」を、面白そうだったので他の物と5時間ながら録画をしていた。昨日は仙台の男女の出会いの場を、あるお店の営業があった。
店では女性は無料で、男性が料金を払い、店を運営している。仙台でのイルミ真っ盛りの「クリスマス」の日の店内を、来店者の了解の元で、結婚を求める男女のやりとりを紹介した。20~30代のグループの女性があり、それに対し友達同士・一人の男性もいた。
男性は積極的な面白い話題、真剣に取り組む姿に女性は興味を示していた。容姿・所得・思考など、諸々の角度で互いに観察し、そこで意見が合えば、また別の場所で男女の話がある。

年齢を重ねた一人の女性は「寂しい」「将来の不安」を口にしていた。

南三陸町も出会いの場の第二段のキッカケとして婚活会社に委託料を払い、婚活を進める。以前は仙台市内の店で、場所を確保し、地元の食材を料理し、婚活をすると言う。地元の男性と、町外以外の女性が対象だと言う。あくまでも人口の拡大への町の政策としての「婚活事業」である。これで本当に男女が結ばれるかと言うと、厳しいと私はこれまでの経験から思う。やればイイではない、結婚できない訳をもっと分析が必要と思う。

南三陸町いろいろ


ハマーレ歌津の上に立つ「伊里前小学校」の校庭から、歌津の海に向かい上皇上皇后様がお二人で、「3.11」で亡くなられた多くの皆さんに、頭をお下げになりした。今はその場所に記念碑が建立され、静かにたたずんでいます。私は事ある毎に記念碑と歌津の海に向かい、当時を思い起こしています。現南三陸町議会義長もこの建立者に名前を連ねています。皆さんも一度は正月期間の学校の冬休み中にでも、同じ場に立たれる事も祈念となるのではと思います。

長野県の友達二人が正月用品を送ってくれた。お正月の長野県の餅など、また、「飯島町のネキ」と「味噌」もあり、今月のイベントでの開催の皆さんへのプレゼントとしたい。
「第2回志津川広報プラザ」の企画は、1月18日を予定している。どなにでも御出で下さいって欲しい。今回も「千葉賢一絵画展」と「ネギのおすそ分け」を考えている。前回は6人の来場者だったが。今年も一人でも多くの人と、大震災の話や、町民の人達の震災後の話ができたら幸いです。

南三陸町志津川字本浜町200-2が、震災後に換地された我が社の土地です。「震災慰霊碑」を建立し、昨年はもう一つのユニットを置き、千葉印刷としての「震災風化活動」をしたいと思います。よろしく!

南三陸町も独身者の婚活に本気で町は取り組み始めた。
今年度は10人の申し込みで、5人が婚活事業に参加し、来年度も5人の方が既に婚活参加の枠に入りました。
一人当たり25万円なから、結婚の成約となると、追加して、事業への枠ができます。挑戦してはいかがでしょうか。
成約まで7か月がこの婚活会社の平均と言います。何もしないで今後も一人で生きて行くなら挑戦してみましょう。

結婚しても「子宝に恵まれない」、こんなカップルが意外と多い事に驚いている。ある夫婦は男性40代で女性が30代ながら、数年経っても子供ができなく、「体外受精」に挑戦し、数回の挑戦で、身ごもったと言う結果に、ハイタッチして喜ぶ姿に、私もやっぱり子供が欲しかったと感じた。



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