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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
286票 次点(18人中17人目)

これが南三陸町長の合併の取り組み(問答)


12月議会一般質問(原稿作成1)
問 旧志津川町と旧歌津の両議会の決定である「新町庁舎建設」を新町初代町長として、なぜ実現させなかったのか。
答 合併協議の過程で、商工団地付近を建設候補の一つとして、二年以内に着手することを合併協定書で取り交わした。
 町は、「南三陸町庁舎建設検討委員会」を設置し、検討を重ね平成十八年二月に「まちづくり住民意向調査」の結果、整備すべきは全体の十四・五%だった。
 多くの町民が建設を望まなかった状況や、厳しい財源状況などを鑑みれば、庁舎建設を見送った当時の判断は間違っていなかったものと考えている。
問 被災民の一次ら二次
避難、高台への「終の棲家」の移転の六年八か月の経過は、行政の計画どおりか。
答 災害公営住宅及び防災集団移転促進事業の整備は、概ね計画どおりに進捗し、志津川中央住宅が昨年度末と、三年三か月で完成した。遅延したとは考えていない。
問 これまでの六年八か月の経過による、町民の損失をどう考えているのか。
答 本町では人口減少が加速度的に進展した。平成二十七年度の国政調査では、被災市町が大幅な減少となっており、本町も人口減少に対応した取り組みを展開している。
問 災害公営住宅の五年間の家賃の軽減策は、震災復興は十年の復興計画であり、家賃の軽減策を十年間に延長すべきではないか。
答 住民の安定確保を図るため、家賃の低廉化事業と、低所得者の負担を軽減する家賃低廉事業を復興交付金事業として実施している。
 本町は、家賃低廉化事業で二十年年間、低減事業でさらに減額されている。低減事業は当初の五年から六年目以降は、段階的な通常家賃に上げていく。
 昨年度に「町営住宅条例」を改正し、裁量階層の入居収入基準を上限まで引き上げ、町独自の家賃低廉化に努めている。



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気仙沼市「つばき会」


震災前から近海・遠洋など、サンマ・かつお・まぐろ漁に向かう、船の出船を大漁旗で見送る。昔からのからの風景ながら、以前は家族が総出で父親や主人を送ったが、現在は外国人の乗組員も増え、以前のような風景は消えうせた。命を掛けた漁師の出船を、漁中の品々の積みこみの商店の女性、ホテルの女将などが「つばき会」を立ち上げ、10人前後の仲間と共に出船の見送り活動を、震災前から続けていた。

そして、今回の大震災でミ乗組員の減少や、担い手不足など、気仙沼市の漁業は厳しい状態の中にある。漁業・漁師を目指す市外からの担い手育成の活動している。震災後から漁師の素晴らしさを写真で、カレンダーに載せ、気仙沼市の漁師の勇ましさを紹介した。
震災後に漁業の被災地支援で訪れた女性は、このプロジェクトに参加し、ベテラン漁師との交流が生まれ、漁師の姿・風景をカレンターに載せた。出来上がったカレンダーを示し、添えられた彼女が書いたメッセージを読みあげ、漁師は涙した。
メッセージには「魚の刺身をこれまでは残していた私です。震災の時に漁師さんは、大切な船を守る為に命がけで沖に船を走らせた。命がけで船を守り、命がけで漁をする漁師さんの魚を、粗末にはできないと、その話を聴き知った私は、その後は刺身を残さず食べている。」と言う。
彼女はそれから気仙沼に移住し、漁師さんの姿をカメラで写真に撮り続けている。メッセージを読んで上げた後、70歳前後のお父さんは、涙が止まらなかった。漁師は「こんなの弱いんだよな、ながせんなよ、カメラ撮るな!」と目の涙をぬぐった。漁師は強さと優しさを併せ持つ、素敵な職業です。
カレンダーを被災地支援としてではなく、「商品として欲しい、素晴らしいと。」買ってくれた若者は言う。

そんな活動が南三陸町にもあるが、町では観光・商売と、ボランティアによる漁業の支援ばかりだ。心温まるこんな活動が、私の暮らした港町にはあったが、今は金儲けとしてしか感じられない。寂しい!

南三陸町の森友・加計問題?


今日の朝刊に「南三陸町の高台移転(中央区)に、新たな建設規定に住民への説明不足!」と報道されていた。佐藤仁行政の強行・独断政治が続いている。そこには今年の流行語の「忖度」はなかったのか。
選挙での「5020票」の町民の支持を声高に町長は言う。政治への関心の無さが露呈した結果だ。対抗馬は町外から来たボランティアで、当然の結果と皆が言う。
「地域住民の納得を得て。」との12月定例議会での一般質問の後藤議員への説明もあり、自分だけの思い通りにはならない事を知って欲しい。私は佐藤町長の反対勢力として、仁町政の横暴政治を監視と言う立場で、町民の声を伝え追及して行きたい。

新人の2人の質問から


12月定例会の一般質問の一人目は、新人の佐藤雄一議員で、質問は3件で一番目に質問した。
1.「介護保険を利用しての住宅改修について」だった。制度利用者が一時的に全額を負担し、申請後にお金が戻って来ると言う現在の制度で、これを何とか最初から一割の一部負担で改修工事ができないか。
2.「耐震診断と住宅改修の促進について」で、耐震診断住宅再建が予算化されている。町民への周知不足で制度利用者が少ない。町民に広報等で十分な周知など、助成制度の拡充に努めて欲しい。
3.「入谷の里山構想の実現に向けて」で、ひころの里の有効活用を町はどう考えているのか、だった。

もう一人は倉橋誠司議員で、3件の質問で「JR気仙沼線について」「バスについて」「八幡川に架かる橋について」だった。
観光関係の仕事をしていて、南三陸町の観光に資する環境整備について質問だった。気仙沼線の再建は難しく、バスについては長距離バスと巡回バス・BRTなど、国道45号を通過する車が減少している中で、議員の問には観光へのホテルに対する良案は無かった気がする。橋については国道45号の再建が進み、唯一の南北に町を通過する道路の事故発生の、交通渋滞についてだった。片側6mの道路で車が3台も並ぶ道幅で、渋滞は回避できると言う。八幡川には「45号」「398号」、「高台横断道路」の志津川中大橋の3本がある。と説明された。

昨日の今野議員の質問は「歯に衣着せぬ」質問で、町長は「反問権」を主張した。初めての町長の動揺を私は感じた。復興市での一部の人達の利権についての質問でだった。これ以上は2月1日発行の「議会だより」を見て頂きたい。
また、後藤(伸)議員の質問は、「ネイチャーセンターの完成はいつか」「高台での住まいの再建について」の2件だったが、制限時間90分の時間をフルに使っての質問だった。現在おっている中央団地のアパート建設への、地区民の不安と説明不足を正した。地域住民への説明を早く、同意得ての建設へと行政に注文をつけた。もう既にアパートの建設の基礎まで進んでいると言う。

いくら町の政治に関心を持っていても、こんな行政の震災復興の姿は、私には知り得る事はできなかった。これからは議会と行政のやり取りと、問題をネットで見れない人たちに伝えていきたい。

●志津川中央団地問題


100区画の土地の空き地対策として、復興に資する活用として、被災者の再建の土地利用を一番とし、移住者、水産業や居住としてアパート建設などが、町の土地利用を国から了解を得た。この制度実施は今年9月からで、新制度から3か月余りで、中央地区にアパート建設が2~3棟の構想があがっている。
土地の購入の規制緩和で、今後の空き土地の需要が増す中で、まだ3か月での規制の資格の最後に上げられているアパート建設は、期間を開けて実施すべきだ。町外からの移住や、南三陸町出身の家族の移住など、周知と発信を強力に推し進め、震災から10年間は、中央団地の造成が最後となった事を考慮しても、当然の行政の処置と思う。

水産業の労働者として働き手不足は深刻なのは判るが、6~7万円の土地よりも、安価に町内の土地を買える気がします。外国人労働者への生活ルールの指導を事業所に万全を尽くしてもらう事は同然の事です。その他にも南三陸町民が「終の棲家」として選んだ場所に、外国人の居住アパートなどは、中央区の住民のコミニティーづくりには、どこにもなく地区民の混乱を生んでいる
建設を予定する事業所は地区住民との会話を進め、地区民が納得できる状況を確認して、新制度の活用を進めるべきと思います。

私の政治ブログで言える事は、商工会の事業所と町長の繋がりによる、商人と商人から町長に登り摘めたことで、大震災の思い通りに行かない土地の区画整理に、町の土地の販売と、町の大企業との利益が一致しての、今回の町の事業の推進が見えてくる。安心して暮らせる住宅再建場所が、歪められている町長の姿勢に町民は無口でいいのか。立ち上がる時は今しかない。

そこには南三陸町民の事など何一つなく、人口減少の原因を創った町長が、さらなる独断的な強行に走っている。新町になり四選を遂げた事を声高に言う。こんな町のトップで本当に良いのだろうか。これから残り15回の議員としての資格を、町民の代弁者として努力して行く。
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千葉のぶたか

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