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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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塩入・汐見地区は何処に  結婚は益々厳しく


志津川地区のさんさん商店街は、八幡川に隣接し向かい側には、商店街からギリギリに写真のような被災した防災庁舎の姿を望める。また、商店街と遺構を結ぶ物に、隈研吾氏の設計の人道橋が建設中です。車の通行は出来ない橋として、商店街と「震災復興祈念公園」が30年度の完成へと進んでいる。
商店街から新しく造られる慰霊・追悼の公園が完成し、志津川市街の整備が終了し、震災からの復興への一つの区切りへと繋がる。
南三陸応援団の皆さんとの交流会が先ごろあり、「南三陸町とランティアの絆」が再結束した。震災後の年に宮城の被災地に、ボランティアとして御出でになられた人数は、35万人にもなった。しかし、今年度まだ数か月を残し、1万2千人との数の報道に驚く。
まだまだ皆さんの支援が必要です。町がどのように変わったかを確かめに来て下さい。あの荒廃した大地はこんなにも変わりました。まだ来町者を迎える環境は整ってはいませんが、町民の笑顔で皆さんをお迎え致します。

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私も震災後に親戚の結婚式が4回あり、従弟は既に30歳を廻っての結婚だった。甥も30歳近いが付き合いの末に結婚をした。被災地の結婚は益々厳しく、女性の震災の津波の映像は余りにも衝撃的だった。そんな所へ娘を嫁にやれない。女性本人も「不安」「怖い」との想いが胸中を駆け巡る。従妹の相手も全てが町外の人で、内陸部の方との結婚、被災地の悲劇の場所からは遠い。一人は今も家庭を被災地に置き、子供達に囲まれ、この地で生き続けている。
隣りの市では、結婚された方に「24万円」の補助が、新年度予算を計上した。しかし、二人の所得が「340万円」を下回った場合に限るとの話だ。世間で言われる「所得が低く結婚できない。」との問題への対策ながら、相手を見つける場が、出会いの機会が少ないが、被災地の結婚率の低下に繋がっている。

行政が本気で結婚問題に取り組み、メディアなどの利用も視野に入れ、将来の街づくりに欠かせないのが、人口の確保と私は思います。私の30歳での結婚は仲介の方が一生懸命に、千葉家を考え相手を紹介してくれた。相手は宮城から東京に生活している女性で、私の未熟さが離婚へと繋がった。自己の努力なしにゴールは遠い。
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