「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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南三陸町には早期の農水産物直売所を


6年目を迎え、商店街の震災被災地の再建が進み、スーパーの建設も夏には完成予定です。
地元に次に必要なのは「農水産品直売所」です。
地元の旬の新鮮野菜・水産品を住民が食べられる事は、震災復興を食で実感できます。
「復興市」は観光客相手ながら、直売所は町民の台所の入口です。

≪南三陸町の28年12月の下期の出来事≫
◆18日のラムサール条約の戸倉公民館での説明会には、町民80人が参加した。その席上で住民の賛同が得られたとして、2年後(2018年)の登録を目指すと佐藤町長が宣言した。
◆南三陸町の「県立志津川高校」の生徒たちが町へ「町民バス」を寄贈した。震災前から実施した「モアイ化計画」(モアイで町起こし)が実を結んだ。小さな収益金を積み立て約820万円のバス購入の、益金650万円が充てられた。
◆南三陸町の5つの小学校に、常陽銀行仙台支店は仙台で上下水道施工業を営む日幸商會が発行する「私募債手数料」の一部を、スポーツ用品や教育機器などを寄贈した。
◆県内全域でノロウイルスの検出により25日までカキの出荷休止。
◆南三陸町歌津に架かる「ウタちゃんはし」が今年度中に撤去される。県が発注する河川堤防工事は28年3月に完成する予定で、海抜8.7mの高さで整備される。
◆南三陸町歌津の伊里前福幸商店街の「歌津あわびまつり」が開催され「あっ」という間に完売した。地元の新鮮なあわびの価格は当日の発表で、開催日に1キロ(4~6個入り)が8千円で販売された。23日の開催を天皇誕生日としたのは、東日本大震災で被災地を初めて訪れたのが、歌津だったからだ。
◆23日東北楽天ゴールデンイーグルスの嶋・松井選手が南三陸町の小中のスポーツ少年団の野球教室を開催し、約80人が集まった。
◆南三陸町の「さんさん商店街」は5年間の仮設期限を迎え、25日からの「最終セール」でにぎわった。
◆南三陸町第1回「図書館を使った調べる学習コンクール」の審査会がまとまった。小学校低学年の部では、優秀賞―工藤光奈乃(入谷1年)、中学年の部最優秀賞―「調べてみた!天気と気温の変わり方!」菅原優花(入谷4年)、高学年の部―最優秀賞「気管支ぜんそくとアレルギーについて」阿部葵(入谷5年)、中学生の部―最優秀賞「記憶を確かなものにするためには」千賀彩子(志津川2年)。出品は5小学校から55点、2中学校から22点の応募があった。
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「千葉総合印刷株式会社」のHP情報追加


南三陸町の28年下半期の町の動きを「千葉総合印刷株式会社」としてホームページで追加発信しています。震災復興の高台移転が28年末には総ての整備が終了します。災害復興公営住宅も29年3月末までの入居と、7月までの仮設からの退去を目指し進んでいます。南三陸町の出来事を是非ご覧下さい。「千葉総合印刷株式会社」で検索すると簡単に見れます。


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広島からの「愛の福袋活動」、南三陸町本浜地区の「七福神舞」の復活、震災後に生まれた子供達の元気を「あさひ幼稚園」から、志津川高校の仮設の「お別れ会」など、震災からの復興の姿を写真・言葉で伝えています。「千葉総合印刷株式会社」で検索して、ホームページにお出掛け下さい。

町の変貌と  新たな挑戦


◇気仙沼市のふるさと納税の返礼金がリニューアルで好評だ。11末で3916件・7940万円で、前年比で件数では69.1%金額で87.8%上昇している。返礼金は以前の60種から3倍の200種となり、秋からの泊宿クーポンも新しく新設した。6割は首都圏からの「ふるさと納税」となっている。
◆第16次復興交付金が南三陸町では前回9倍に当たる約14億円が申告どおり配分される。被災地復興の土地区画事業に約8億円。津波復興拠点事業として、志津川中央区への公共用地整備で、生涯学習センターや学校給食センターの建設地の整備などに約6億円をあてる。
◇気仙沼大島の唯一の医療機関の「大島医院」が、山本馨医師(71)が来春で退職し無医地区となる。山本医師は10年で区切りを迎える。無医地区の危機の対応に菅原市長は後任確保に全力で当たると話す。大島架橋完成まであと2年、大島の住民に不安が募る。
◆志津川湾水系の川サケ漁が不振で、八幡川・水戸辺川のサケは11月29日現在では604匹で昨年の6割にとどまっている。放流1千万匹を目標に対し、360万粒で移入を加えても4千万粒と4割となっている。その状況から「海産親魚」の捕獲をする。沿岸業者の協力の網上げを11月19日~23日に行ったが、23日の河川の捕獲は72匹と網上げ前の2倍ながら、例年の4分の1と減少している。

『気仙沼市神山の吉田酒店の店主吉田喜市さん(82)が、「ヨシダビル」を平屋で再建し、南気仙沼に飲食店を中心にした集中商店施設を整備する。敷地は3700㎡で、飲食店26店をテナントとして建てるほか、事務所・コンビニも併設し、14台の駐車場も確保する。来年3月からテナントを募集する。吉田さんは被災前は南気仙沼駅前にあり、「クリスタル・ビレッジ・ヨシダ」として地区民に親しまれていた。

『南三陸町の庁舎建設現場見学会開催に県内外の自治体職員170人が参加した。環境保全に配慮した地元材を使った。森林管理協議会(FSC)の認証取得のPRをした。南三陸町本庁舎は地上3階建てで、南三陸産材スギ材とコンクリート造りで延べ床面積は3773㎡。建設費は約20億円で、歌津総合支所は7億6100万円。29年8月中旬に完成し、9月上旬に併用を開始する。)

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登米市市内に「南三陸から結婚した~い!」のチラシを5千枚配布し、男性1人が入会。登米市の「町ナビ」の大崎地区周辺に冊子3万部に掲載し、男性が1人入会、マイタウン誌に掲載し1500枚の南三陸町内の配布で、1人が入会した。最近では先月に「三陸新報」に広告掲載し、1人が入会し、現在の正規の会員は男性だけで、10名となりました。
南三陸町からの発信だけでなく、二人の出逢いのキッカケになればと、広く結婚したい皆さんに、「二人の世界」と「将来の為に」を目標に活動して行きます。
女性の会員は私が足で発掘して行こうと思い、2017年の4月から名刺を広く皆様に配って、出会いのチャンスの相手探しに努力します。61歳になりますが共に「幸せ掴み励みましょう!」、勇気を出して。

連絡・お問い合わせ先は 携帯08018016399へ

南三陸町の行く末


私も「町県民税免除世帯」になっていた。日本の月額の給与平均が「31万円」で、パートでも「10万円弱」と言う。そんな中で自分にできる事は限られ、遅かれ早かれ10年後以降は、3割減額された国民年金受給で生活するしかない。生活保護世帯には……と思ってはいるが、どうなるかは見えてこない。兄弟に頼るつもりはもうとうないが、シャアハウスで共に生きる仲間なんか、面白い。石巻の「田代島起こし隊」の参加も、近い将来への可能性を秘めている。

気仙沼市では今年も昨年に引き続き、国民健康保険の加入者の窓口負担免除とした。勿論、町県民税免除世帯に限りだ。その数は1770人があてはまる。老々介護世帯まで私もあと4年、将来大変な時代が待っている。多賀城・塩竈も含め7自治体がそうなると言う。気仙沼市は免除負担が5千万円になる。生活弱者に寄り添う自治体がここにある。我が町は2年前から被災者の負担となったと思う。早すぎる。同じだろう被災自治体なんだから、予算が無いと言うが、何処の自立体も無駄をなくし弱者支援を行っている。報道では「南三陸町」は出て来なかったが、7つの自治体に入っていて欲しい。

この町で「最後まで暮らしたい」の気持ちは人一倍強いつもりだが、自分の失敗の姿は見たくなく、町の衰退も見たくない。2040年には人口が「8700人」の予想は、町の人口減少対策が講じた事での人口だ。出生率向上・人口移動小での数字で、現状のままで人口動向だと「8100人」となる予想だ。どっちにしても町の発展はないとの結果が待っている。23年後は84歳となり男性の日本の平均寿命近くとなる。きっとそこまでは生きられないから、今「やれる」「やりたい」ことを町の為に私はしたい。

志津川インターが昨年10月の30日に開通し、志津川地区の住民の車社会は変わったかと言うと、仙台圏までは以前の津山ICと比べても5分と変わらない。開通してからは17軒の交通事故が三滝堂間で発生している。国道398号は3割交通が減少した。道路沿いの店も3割は客足が減った。国道45号は1割~3割が減少していた。商店街が町の中心にでき、人の流れがどうなるかはまだ見えてこない。しかし、出店する商店主の期待は図り知れない。




商店の再建とスーパ―建設と高速道路


登米市米谷の従弟が三滝堂JCの「道の駅」の建設に携わっている。第三セクターの運営と言うが、三陸道の隣接地への店舗としては、大きな不便を感じるが、地域の農家の商品販売への施設として大きな期待を担っている。
登米市米谷の「雇用促進住宅」は、大震災後に多くの南三陸町民の一時的な生活の場から、5年間の生活を余儀なくされ、高台造成の希望地の整備の遅れから、「待てない!」との町民の怒りが登米市への生活の場へと、生活確保の究極の選択となった。地元での再建も5年を過ぎての住宅建設となった。今もまだ米谷の住宅に住んでいる人もいると聞く。町の再建計画の住宅場所の確保にあたり、行政と町民の考えに大きな隔たりがあったと感じる。
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「我が家から2分で南三陸海岸IC」にだった。仙北以北の三陸道の開通に、岩手県民は大きな期待をしているようながら、南三陸町歌津から気仙沼大谷間の開通見通しがまだ立っていないと言う。北と続いて三陸道のメノツトが最大限に発揮できるが、実現まではもう少し掛かりそうだ。
去年、東大阪印刷組合の仲間が来た折り、ふるさと納税の事を聞いた。現在は返礼品を南三陸町で使える「商品券」と町の産品が選択できる。町で使える商品券でのふるさと納税返礼品を、どう思いますかと聞いたことがある。「絶対に町の商品券はない!」と一刀両断だった。全国から南三陸への来町の経費を考えると無理で、納税返礼品の本質は、納税をして地方の名産品を食べられるが原点にある。それなのに震災復興支援を利用しての一部の人の為の、納税支援の形は全国の人からの理解は薄い。
気仙沼市のふるさと納税が1億3500万円を超え過去最高となっている。昨年は11月までは8千万だったが、国の税制改正や返礼品を、水産物の60種から4倍の240種にし、クレジット決済や納税の管理を委託し、新しい方法に変えた事で一挙に納税が増加したと分析する。平均額のアップやリピーターの増加をその一つに上げた。
町は地元の商店の活性化に大きな力を注ぐ余り、多くの町への支援者を減少させている気がしてならない。

登米市で開業した「笹原診療内科医院」に診察してもらい、「上杉皮膚科」を紹介され、土曜日に行こうと思っている。しかし、まだ45分も時間が掛かるが、南三陸町からも数名の人たちが来ていた。主治医として笹原先生の人望と診察に安堵を貰っている。町の病院の診察時間はどうなっているのだろうか。登米市でも町病院よりは時間が掛からない気がするが、高齢者は通院手段がなく、家族が車で同行するしかない。

南三陸町歌津の鎮魂の姿


眼下の伊里前市街地は、かさ上げと道路・河川堤防の整備が進んでいる。今年4月には「伊里前福幸商店街」の町開きを予定している。賑やかだった歌津地区の再生はまだまだ時間が掛かりそうだ。伊里前川に架かる「うたちゃん橋」の解体も決まり、古き良き旧歌津町伊里前地区のが消え、新しく伊里前地区が観光地として生まれ変わる。
昨日は午後2時より南三陸町歌津「鎮魂の森」で東日本大震災の七回忌法要が営まれた。主催したのは歌津地区でボランティア活動を続ける、「歌津支援プロジェクト」で、京都の知恩寺から浄土真宗の僧侶4人が、現地で読経をあげ犠牲者の冥福を祈った。
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歌津舘浜の「津龍院」さまの、震災後に建立された物で、菩提寺の檀家の津波死亡者の名前を刻んだ慰霊碑です。気仙沼の在住の方もあり、その人数に驚かされた。慰霊碑の前に立ちあの日の事を思い出す。どす黒い津波が全ての物を巻き込み、海から陸地へと走った。建物・船があり人間などは一たまりも無かったが、その命の儚さで多くの家庭が、地獄のどん底に突き落とされた。

震災復興と住民再建だけて良いのか? 多くの町民の死を形に表し、名を残す活動を私は今後していきたい。2歳3歳の幼児のままで亡くなった、子供達が余りにも可哀そうだ。
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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