「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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殉職家族、再びの佐藤仁町長告発へ


殉職遺族の9人が再度の告発を25日に県警南三陸署に提出した。以前は6人の家族が告発するも、仙台地検は15年8月に不起訴処分とした。今回は防災庁舎での殉職家族以外の3人も加わり9人で「業務上過失致死容疑」で、南三陸町長佐藤仁氏を告発した。
防災庁舎で亡くなった方は43人で、その内の33人が死亡・不明として報じられている。その中には町長の共同経営の「旧南三陸新聞」の編集員(実質の運営者)も亡くなっている。こんな大地震の発生で、災害対策本部に報道陣は一社だけで、他の報道機関は避難している。こんな事にも津波への危機感の無さがあった。また、本部に集まるのは課長など幹部職員がマニアルにあるが、16坪にも満たない場所に24人の幹部の集合が必要だったのか? その他にも総務課・危機管理課の若い職員が、殉職した職員にはある。こんな現状を加味しても、町長の津波に対する「職員の命を守る義務欠如」があった。震災直後は県警も町長の過失や義務違反について捜査をしていたが、証拠や立証が出来ないままに捜査が立ちきれとなった。
しかし、自分の過失を認める事は町長職の失脚となり、そればかりでなく震災復興の計画でも多くの問題が浮上する。それを正当化する為にも罪を認める訳にはいかない。告訴を受理したら最高裁まで裁判を続ける事は分かりきっている。政治家の引き際が肝心である。
現在の町の復興の経緯を見て欲しい。町づくりと称した税収確保の政策と、公的施設の原形復旧と、義援金・補助金確保の町の再建方法、見る限り住民再建への支援は、こんな大震災の中で本気度が薄い。気仙沼の菅原市長と比べても、目立つ事が大好きな首長の姿を常に見て思う。
今期限りでも退任と後継者育成で、新しい町の再建への取り組みを若い世代の、次期町長に任せた方が良い。だが、今の任から退く事は「告発受理」への警察の方向が見える。国内ならず世界で有名となり、震災不幸の先頭に立つ人間の県警告発は、そのトップの大きな決断と勇気が必要だ。こないだ震災死の裁判で「自治体に責任あり」と、賠償が幾度かの裁判で裁判官のこれまでの自然災害の、予測できない事への責任を認めた。「自然災害だから。」だけでは逃げられない遺族の思いが、警察や裁判所でもう一度審議の必要性の表れが見えてきた。
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愛する志津川町は変わった


3月17日の三陸新報に南三陸町の将来の姿を見た。志津川高校の後期選抜試験の結果で、母校の「志高」の62人の募集に対し、普通科6名受験で6名合格、情報ビジネスは11名の受験で9名の合格となった。今日は最終の追加募集試験と聞く。止む無く高校の最後の受験に挑む生徒達がいる。私の縁類も中田から受験するが、通学を家族が心配する。町の巡回バスの「定期券」だと月4千円と言う。朝は南方仮設から6時30分発で、8時15分終点「平成の森」に着き、夕方は平成の森から19時26分出発で、南方仮設20時43分と厳しい環境での家族の戦いが始まる。バイク通学は2年生からできる。受験者頑張って母校を守って!
町の新庁舎の交流スペースの「アイデア募集」がある。病院は「みなさん通り」は建設時点で名称はあった。行政庁舎こそ人口減少の町の重大問題の中で、コンパクトな節約した庁舎で十分で、維持費の拡大を軽減する方向を模索して欲しい。空家対策費に「600万円」があり、その調査内容に疑問を持つ。
行政の進む道は「地域の人材・多数育成、交流人口に連携。」の見出しは、地元住民無視との考えが見えてきた。多くの町民が居て、その中で切磋琢磨した優秀な人材が、町の部署で活躍する事で町は発展する。
そんな中で歌津の小野寺氏と戸倉の後藤氏の活動が、活発にテレビで報道されている。町づくり・語り部交流があり、地域の産品発掘などの活動だ。その中で「鉄路の復旧」が両氏の供の活動があった。来年の9月に「町長選挙」を控え、その動きの一つと勘ぐりたくなる。二人の年齢は60代後半で若い40代前後の進出が町の再建には必要だが、誰も私の目には見えなく浮かばない。

町の予算の使い方に町民も関心を持とう


町の今年度予算の使い道が議会で議論されている。
空家調査に「600万円の予算」「多すぎる」「委託が町観光協会はおかしい」「コンサルタントを使わないのか」など、多くの疑問が予算審議で「議員の声」が噴出した。
入谷の空家調査を地区の区長に聞いたり、視察をする予算としては600万円の予算は多いと誰しもが思うだろう。被害を免がれた家屋の空家は「4軒」で、「移住対策」としての調査ながら町の予算の組み方は何処かおかしい。
町が目指す「交流人口増」は、観光協会の活動と密接に関わり、町としてのボランティアなど、来町者の減少も見込まれ、資金の協会への繰り入れと感じる。交流人口拡大対策として町は今回の議員の意義にも、「問題はない!」と言い切る。
その他にも「移住相談支援業務委託料」として、1280万円も初予算に盛り込み、移住総合窓口やイベント・セミナー体験など関係事業に計上されている。
「ふるさと納税」の使い道も「250万円」を計上している。ふるさと納税への全国地方自治体からの御礼品の競争が激化している中で、町はクーポン券(金券)を返品御礼に充てる。1万円に5千円のクーポン券を贈る。ふるさと納税の使い道に、「民泊」「飲食」などに利用してもらう。クーポン券を南三陸町にふるさと納税する人は、「行って使う事」を求めているかと言うと違う。
町の今後の問題である「交流人口拡大」を図る為に、ふるさと納税の返品に利用するのは、納税者に南三陸町に来てもらうという、行政の思惑は分かるが、逆に納税が減少する事を懸念する。私だったら住む所に居ながらにして、全国の産品を食べられると言う利点活用の思いがある。
観光協会は町の観光客へのサービスや観光案内で運営するものだったのに、町の運営の中枢になりつつある。こんな所にも佐藤仁町政の政策の失敗を予想する。住民の生活向上や住民サービスに使うべき予算が、観光事業への計上が年々増えている気がする。
佐藤仁氏への議会構成議員の行政を指示する体制となり、職員にも多く強い「おごり」「強権性」を感じる。医食同源の行政の共同意識は、住民は二の次と言う体制に向かっている気がする。

誰の為の街なのか


また、志津川の「旧本浜町」の方が亡くなった。震災から命からがら避難し「命を繋いだ」のに、明日で5年目を迎えながら、仮設生活の自宅で認知症を悪化させ、葬儀予定の看板を町中で見つけた。
仮設での生活は認知症の病を加速させていると私は思う。5世帯以上で町中の仮設は大きい物で200世帯の仮設もあるが、再建が進み、町を離れ環境の整った場所の生活を選択する人も多くなった。仮設の入所者は減少し、これまでの仮設でのコミニケィーが希薄となり、高齢者の孤独な環境になっている。若い家族は次の生活の準備で仕事に精を出し、一人でしゃべる相手もなく、静かに家に居る事で「脳」の活性化を低下させる。被災地の復旧から復興そして創生と進んでいるようながら、この時期が命の危険がある気がする。
ここ一週間で、志津川町の知人の親が3人が相次いで逝去した。同級生の父親が「肺炎」「心筋梗塞」で85歳前後でなくなった。いくら新しい南三陸町を「見える化」で町民に冊子の配布をしても、震災から5年経っても再建とならないままで「人生の幕」を閉じるのは悲し過ぎる。
行政が先人達に報いるには、その孫たちが安心して暮らせる「早期町づくり」で、三世代が安心して暮らせる町と思う。こんな絵のように「机上の考え」が、再生建設されたとしても、町民の暮らしは本当に幸せと言えるだろうか。将来に繋がるのだろうか。

先人たちの努力と歩みを終わらせていいの


「署名趣旨(抜粋)から」
私たちは安全性・定時制が高く大量輸送可能な鉄路の復旧を求めます。
被災直後から岩手県沿線市・町民の会や気仙沼を中心とする実現の会が設立され、鉄路での復旧実現署名活動に取り組み、42万人(気仙沼・本吉地方36589人)の署名を得て、2012年7月に国交大臣やJR東日本に提出し、「鉄路復旧」の回答を得た。
昨年12月の沿岸首長会議では、気仙沼市を除く市・町がBRT本格復旧を受け入れ表明した。短期的に見れば日常の利便性が高いのが有利に思えるが、長期的にはインバウンドを含む観光客誘致による交流人口の増加や産業振興に鉄路が必要です。
南三陸町は明治29年三陸大津波・昭和35年チリ地震津波と三度に渡る復旧・復興を遂げ、80年の歳月の先人達の偉業の元にある。
加速する人口減少の歯止めを掛け、沿線の世界に誇れる歴史や自然・文化・伝統を広く伝える為にも、鉄路の復旧が必要である。宮城から岩手・青森の沿線の志を一つにし運動に加わる。平成28年2月28日に会を立ち上げ、JR大船渡線・気仙沼線全線を鉄路で復旧する運動を展開する。
鉄路復旧を早期に実現する南三陸の会
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「三陸の会 役員名簿」 
*会長 小野寺寛 *副会長 後藤一磨 *幹事 渡辺啓・菅原衛昭・大滝りう子・鈴木千枝子・内海明美
*事務局 伊藤俊 *会計 及川幸子 *監事 小野寺久幸・酒井禅悦 *顧問 川村巌(三陸ふるさと連合会会長)・田畑英伍(在仙志津川会会長)・山内十三喜(在仙歌津会会長)・阿部隆二郎((株)阿部長商店南三陸ホテル観洋 代表取締役副社長)

町の観光振興に鉄路は不可欠

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志津川地区清水浜を見ると小さい集落ながら、町の復興の姿を見る事ができる。地区内を流れる川には「河川堤防」の工事が進み、気仙沼線の高架橋が解体され、高台の造成が地区防災集団移転では一番遅い。これを大きくした状況が志津川市街地だろう。町の再建は復興期間の10年から1年2年と徐々に遅れを想定する。その結果で住宅地元再建を諦め、町外への人口の流出は進み、45年後の「人口5千人」に向かっていく。

町への注文の発信者は何時も同じ。多くの人が現在の町づくりの意見を持っていても、それを汲み上げない行政・政権の強権的な姿が見られる。
昨日は「さんさん商店街」が始まり4周年と言い、今年で終了すると、記念のイベントで盛り上がる光景がテレビで映し出されていた。ここまで被災地の住民の買い物の場を確保してくれた事を、町民が皆でお祝いをするのが当然ながら、多くの町民は生活の恩恵は受けなったと、その盛り上がりには欠けている。
その反発の姿が、町が決定した「BRT」の整備への方向性で、今回、「鉄路復旧求める集会」が28日に午後2時から南三陸プラザである。発起人は歌津の小野寺氏で100名以上の賛同者がいる。近隣の推進団体とも連携して鉄路復旧を進めたいと言う。
町には若い政治を志す人間がいなく、地域から現町政権の支援の元に人を輩出する形が続いている。権力の維持に事業所・組合団体が同調している。これまでの町制の形に無い状況は、大震災により若者は離れ、カリスマ的な象徴となった人間を、全国・世界とボランティア団体の、町の歴史と人物像を知らない、支持者行動と復興特需の事業所が、自分を守る為の選挙支援が我が町には存在する。

気仙沼線の開通は80年の悲願だったのに 町長は再建に諦め!


後輩の為に気仙沼線の復活を!
気仙沼の高校に通う高校生は、震災前は1時間で通学できていたものが、現在のBRTだと1時間30分を要している。朝の課外授業に間に合うように行くために、本吉駅まで送ってもらっている。「母子家庭の私は母に無理を言っている今の状況を作っている」と涙ながらに話す。夜遅くまで仕事をし、介護して家事をしている。こんな母には感謝してもしきれない。(仙台までは鉄路だと1時間30分~2時間で、車を持っていない家庭もある)。高校生の勉強の為にも鉄路は必要で、今後の仙台への通学する生徒に可能性を作って貰いたいと話した。
(南三陸町 西城(條)さん)
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高校生の通学時間の苦痛!
BRTでの通学は、登米市の柳津からで、歌津地区に来る頃にはバスは満杯となり、気仙沼市内の高校に通っている生徒は、通学が苦痛でたまらないと言う。立っての通学は停車するたびに人が乗って来て、前に詰められ、いちいちバスから降りる事をあると言う。こないだの雪の日は3時間以上も掛かった。親として「不安と心配でいっぱいだ。」お年寄りも大変と思うし、電車の時はこんな事は無かったと言う。
(歌津 小野さん)

ご老人や妊婦さんはBRTでは大変!
母子家庭の三人家族の私は、戸倉~志津川迄の通学をしている。祖母は病院に行くと疲れると言い、急ブレーキなどで具合が悪くなる。(病院に行ったのに具合が悪いと言う)。BRTだと体調を崩し勉強も出来ないとも話す。妊婦さんや高齢者・子供達の大変さを考えると絶対に鉄路は必要だ。安定した通勤には電車しかない。
(戸倉 熊谷さん)


ある日の新聞から


「現体制の政策による町の弱体化進む」と私は2月27日の新聞で感じた。
「防災庁舎を4月から立ち入り禁止とした。」と町長はメディアで発表し、北へ100m離れた場所に「慰霊追悼の場」を移すと話していた。「祈念公園整備」の期間は2年間を要する。また、その間に南三陸町の町民が亡くなっていく。「祈念公園整備」の為と言うが、防災庁舎の在り方は、ここで家族を失った方達や、大震災で亡くなられた方が、震災追悼の手を合わせる場所として、「亡くなられた方々に寄り添う」事を目的に、保存し遺構とする事にした。観光で寄り添う気持ちの受け皿の場でもある。それが2年間はいかがなものだろうか。
20年間の長い間、町の町民の物で在りながら、県の所有となりその間は県の管理下となり、町民の希望は叶わなくなりそうだ。町にある「防災庁舎」はその保存の経費を、県に委ね維持して行く。南三陸町には余計な財源は無く、自分で保護する事を諦め「他人の褌で相撲をとる」、こんな政策に「県有化」を思う。政治政策としての考えなのだろうが、町民には自費での生活再建を求め、少しばかり補助を与え、住宅再建支援と胸を張る。議員ももっと再建住民に支援して欲しいと望むものの、公的施設の建設の巨大箱物に不安を感じ、全国からの支援金・義援金を公的施設建設に泡のようにつぎ込んでいるように見える。今後の震災復興後の若者の負担となる、「維持費」を本当に考えているのだろうか。
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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