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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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被災住民と町職員の一部は別次元


あくまでも一事案ながら、昨日「支援で来た職員により家庭が崩壊した」との話が飛び込んできた。裁判にまでなり住民が願う、思いのとおりには、いかなかったと話す。「男女の問題」「自由恋愛」などに町は寛大で、行政の職員の中にもこんな意識があるのも、我が町の行政の体質だ。震災後も職員の「不倫」的な男女の恋愛を容認する。震災で妻を夫を亡くした職員があり、既婚職員がボランティアとイオンで手をつなぐ光景や、結婚できない男性が南三陸町には多い中で、不倫しての再婚は社会の女性が許さない。大人としての「職員のモラル」は? と議会でも問い正した事がある。高給取りの話術に長けた幹部にこうした傾向がある。家庭の状況・環境がこうした「不倫」へと走る姿を分析した。相談に来た方は「社会的制裁」がままならないのなら、派遣が終了した時に履歴にこの問題を記載してと言う。こんな方が町に永住してもトップはきっと喜ぶだろう。人に不幸が及んでも自分さえ良ければとの考えが、被災地の復興を遅らせている気がする。
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志津川市街地の灯りは?


9月の新聞を整理していると、9月定例会の高橋議員の人口減少の問いに町長が答えていた。それによると45年後の志津川の状況が語られていた。「人口は5千人を切る推計にあり、高齢化率は5割を超え、出生数も年間10人程度と見込まれる。」と話していた。
これまでの町の報道に載る45年後の人口は「7200人」と言う。この町長発言の報道を町民はどう見るかだ。「子どもが生まれ45歳になる頃は、住民サービスの低下と同級生も少なくなり、周囲に人はいなくなる。」など危機感から今後移住を考える人もいるだろう。また、「こんな状況からの脱却に町民の奮起を促す。」との意図があるとも思えない。
建前だけの意見ではなくこの厳しい現状の、現実的な自分独自の人口の確保の考えを議会の場で答える事を望むが、議員の皆さんの更なる議論が薄い。国会と同じ三分の二以上の与党体制では当然の結果だろう。
三世代家族の大量流出や、金持ちといわれる人や所得の多い人が、数多くいち早く町外に住宅を建設する中で、震災後の町の取り組みと、町長の町外への発信ばかりで、町民に移住しないよう「地元に残って欲しい」との行動が、町の根幹となる住民維持への活動としての、政策の欠如に理由があると私は思っている。町職員の町外への流出も多く、町の税金で生活の安定を得た公務員までもが、町を捨て生活の場を町外に決めている。

国会中継に学ぶ


昨日の国会の質問に、被災三県の住宅建設費が高騰している中で、全国の公務員の報酬の増額があり、その金額が「3600億円」を超え、被災地の再建が第一と言う政府の代表安倍総理に質問した。
建設費の増加は全国レベルでも14.4%となり、30坪当たりの住宅建設費の増加分で、宮城県で230万円、岩手が250万・福島が270万と言う。被災地総ての増加分が「346億円」は、公務員の増加支給額の10分の一で済み、政府が建設費の増加分を被災地の住宅再建の補助として支給がなぜできないのか。と質問した。総理はこれまでの国の被災地補助があり、自治体独自の補助など、これまでの補助で今後も支援していきたいと話す。
金利の補助も住宅規模価格とローン期間により異なり、浄化槽・太陽光・水道埋設引き込み・県産林材などの補助があるが、その金額がどれほど被災者にとってプラスかは、諸々の状況によって異なり、住宅再建の被災地住民の苦悩は、国政には届いていないようだ。
志津川市街地の地区民の再建が29年度から本格化する。建設費の宮城の増額分の「230万円」の補助などは、私自身の住宅再建でも補助金は何処かに消えてしまった。り災加算金の200万円は生活費に取られ、金利補助は1500万円15年で「155万円」と、浄化槽補助の36万のみで、未だに借金が1350万円残っている。13年での返済の余裕など何処にもない。将来設計計画を立て、借地や住宅規模を考えたり、災害公営の生活も「見栄を張る」必要はどこにもない。
政府も被災地だけを見ていられない。グローバル社会で大企業の外国の大規模プロジェクトの獲得など、日本の経済の好循環を生む事が将来に繋がる。地方の一個人がどうなっても政府は何も思わない。
日本の人口減少と高齢化の将来の不安の払拭に、消費税増税による社会保障の資金確保など、国も今の景気の円安の維持と株価の上昇が頼りで、この部分が崩壊すると日本の将来はどん底となり、自民体制の終わりを告げるだろう。政府と我が町の状況は良く似ている。「アベノミクス効果」と「被災地復興交付金」頼りで、今を過ごしているだけのようだ。それが崩れた時の事を想定して、国づくり・町づくりをして欲しい。45年後は人口7000人の「南三陸町」を町は想定している。平成の合併で何が町の活性化となったのだろうか。

町民のみなさんと共に初日を望む


サンオーレ袖浜海岸への下り口の「はまゆり大橋」で、多くの皆さんと共に、2016年の初日の出を待ち、水平線の雲の上から眩しい陽光が、10分遅れで顔を出してくれました。この神々しさに自然と手を合わせ、祈りごとは何も無く頭を垂れました。
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町はどんな年になるかと言う、今年は被災住民が町に待った高台に災害公営住宅と土地が整備引き渡される。志津川市街地の住民再建のスタートの年となり、被災者にとって新たな生活が始まります。近隣の方々がどんな方かも知らない事の不安もありますが、行政の被災者支援や心のケアが益々に必要となります。寄り添う心の改善と改革で町民を守って欲しいと思います。震災によるまたの二次災害と言う悲しい事件が起こらないように!
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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