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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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合併10年の検証(4)  議会⑥


 以前の震災特別委員会の西條委員長は、議会の再議論の中で「一度決めた議会の決定事案を覆す事はありえない」との意見があり、議会の決定事項の無効とした判断を、報道は議会のルールと在り方、そして議員の資質向上を指摘したと私は思う。もっと町にとって必要な事と、住民の事を話し合う場であり、町存続は防災庁舎の遺構としての保存が、どれほど大事かと言うと「違う」と私は思う。無駄な議論に費やすよりも行政のすべき事がたくさんある。
 防災庁舎解体の原動力は、「役場職員遺族の会」の歌津を中心とする動きにある。歌津出身の殉職遺族の「防災庁舎は見たくない」があり、20歳前後の若い子供を亡くした両親の気持ちが、「町長の告訴」までの活動に繋がった。歌津出身議員の考えや意見への、この力の動きがある事も当然だろう。今回も一人が保存に回ったが、3人が解体の意向の他に採決に参加できない山内孝樹委員長も入れると、歌津出身の9割(4人)と、志津川出身の9割(11人)があり、「旧町同士の溝」と多くの町民は思っている。合併10年を声高らかに言う町長の、「町一丸となって復興を」との気持ちの軽薄さを、防災庁舎問題・遺族の意向を考えると、これまでの対応にそう思わずにはいられない。
合併時の歌津議会の「合併案」が通らない事に、両町の合併の意義が私には見えてこない。両町の市街地商店街の再生でも、歌津地区民は合併後の「復興格差」に憤慨する。諸々を考えても、未だに「両町の溝がない」とは言えない。双方が揉める事を決して再燃させるつもりもなく、行政のリーダーにその任が掛かっているのに、その対策をも講じない現政権がある。
(つづく)
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