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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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海からの観光客受け入れは


今日のニュースで昨年の観光客の船での入国が45万人と、昨年の2.5倍と報道があった。
円安と船賃の安さが魅力で、持ち込みの荷物にも制限が拡大できるからだ。台湾からのフェリーによる観光客も増えていて、一番は週3回の韓国からの「買い物ツアー」が大部分を占めている。

団塊の世代が退職し年金生活での、自分のゆとりを国内旅行に向けると言う人々も多く。我が町「南三陸町」の、海の財産と今後整備される「ボートパーク」を利用しない手はない。
養殖場での海の幸の試食や島々の遊覧、潮風に吹かれての南三陸町の醍醐味はさぞかし最高だろう。

今後は団塊の世代を始め、社会保険が62歳から、国民年金も65歳での需給があり、資金の余裕を国内観光に向ける夫婦も多くなる。こんな事を見越して他の自治体との格差を持った観光の開発は、海の入口観光は町として欠かせない。

知人も3月11日の震災4年目のその日を、民宿「明神崎荘」として新たなネーミングで、袖浜地区に民宿の再オーブンを目指している。
昨日は南三陸観光協会から、ホームページ掲載の募集があった。会員は1か月3千円と非会員は6千円だった。我が社も独自でホームページを立ち上げ、1日に80件のアクセスがあり、ホームページの月額の経費は3千円で、デザイン編集掲載には、毎月だと3万前後で作成会社にお願いすると掛かる。観光協会の経費が高いか安いかは自己で判断するしかない。

町の起こす復興への「街起こし企画」は、経費も掛かり国県の事業からの、予算無くしては難しい。多くの箱物と言われる施設を町は次々と建設している。
税金が高くなったら会社はここで、生活は登米市でこんな事にもなるかも知れない。
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愛知県大村知事に感謝


住宅の問題は裁判しかないと、県の建設課や住宅問題関係会社から、問題解決への支援をしてくれず10か月が過ぎた。
昨日仕事をしていると「愛知県です」と電話、相談を受けた会社に問い合わせ、「社長……が入院中で退院したら伺います」と、約束を取り付けたと言う。復興庁・警察・行政・県……など、解決してくれとは言わないが、被災住民の問題には努力し取り組んで欲しい。「捨てる神があれば拾う神あり」を痛感する。
住宅建設は地元の建設会社ではここを第一に上げたい。木の温もりと、優しい日本家屋の良さ最大限に取り入れ、多くの家主の希望を叶える家づくりを目指していた。

「現在、南三陸町など被災地で住宅再建が加速している中で、資材・人件費の高騰が進み、ハウスメーカーでも坪単価が色々表示されています。住宅のアフターを考えると地元の建設会社が信頼できます。
丸功建設は南三陸町の地元に根差し、職人の顔の見える住宅建設会社として、安全・安心な住まい造りを目指し、適正な価格での「夢の家」の再建実現に努めます。
 今後の住宅計画の相談にも親切丁寧に応えし、丸功建設は被災地の住宅の再構を応援いたします。」

この会社の良さを私はこう感じる。

2月1日「藤浜団地」で、一日限りの内覧会を開く、住宅再建を目指す南三陸町の皆さん、安心し信頼出来る顔の見える建設会社を私は、自分の住宅建設の失敗から薦めます。

法テラス


震災直後から被災者の諸々の問題の相談所として、南三陸町ベイサイドアリーナの隣りに「法テラス」があり、職員3人が対応し、この日は仙台からの弁護士さんが対応してくれた。
一年間も思い苦しんだ建設問題の、二重払いの建設費は「戻ってはこないだろう」と言われた。真面目に生きて両親と会社の為に早期の完成を目指した事で、こちらには何の問題も無いのに、名古屋の建設会社は知らんふりを装っている。

弁護士先生の言い分は、住宅は建設が終わり引き渡され、建設会社は建設したものの、余分の資金が予定以上に発生し、本当に払えないのだろうと話す。この建設会社の被災地の事業所や、総てを失った被災者の、天災から更なる人的損害は、法律でも訴えた方は「泣き寝入り」でしかないのかと、最後の頼みの綱も切れてしまった気がする。
取りあえず気仙沼の地方裁判所に告訴する事で進めようと思う。「内容証明付き郵便」を、先月の初めに送付するも、これまでなんの電話もない。何とか社会的にこんな会社が生き続け、また更なる被害者を防ぎたい。
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法テラスを出ると向かいの山は、8割方が削られ東工区西の土地造成が進む。あさひ幼稚園のサッカーの長谷部選手の寄付による再建も、移転されると言う。病院・役場も6~7億掛けた仮の整備も、全て解体し新しい場所に移る。何て、もったいない寄付金の使い方と思う。これも別な形で残し活用はできないのか。とこれまでの復興のやり方に無駄を多く感じる。

今日も苦しい大変だと言う言葉を今日も聞いた。自分も間違いなくその中に入っている。

糖尿病予備間軍の皆様へ


医療費や年金などの社会保障費が、毎年1兆円づつ増加している。団塊の世代が受給対象となり、高齢化が進む日本社会の政府の社会保障財源は限界にきている。

「悲しい」「生きている事が辛い」と糖尿病の合併症に苦しむ患者は、予備軍の時に……。と当時を後悔する。体に異常はないから大丈夫と、暴飲暴食飲酒を止める事で今からなら防げる。
私も性格の甘い人間で、その状況の一歩手前である。「透析」「失明」など生活に支障をきたす時期は間違いなく近い。
国や自治体は「医療費削減」に予防医療を町の政策に取り入れている。しかし、個人の取り組みが一番で、まだまだ多くの予備軍が「俺は大丈夫」と言う気持ちを強く持つ。
現在の私はヘルグロビン値のA1Cがこないだは「8.6」で正常値が「6.2?」と、最悪の時の「13前後」からは、改善したが、もう既に遅かったと実感する。食事は決まった3回、酒は週1回で、350ccを1缶としている。私の知る他の人は「酒は飲ませません」と言う。それでも止めない時は、もう何も言わないと言う。私はそう言わず「町にこんな人がいて駄目と言っていた、透析・失明の人がいるんだよ」と話してと伝えた。
高額医療や障害者となる透析は、町の財政の逼迫へと、行政へ国の財政負担となる。大きな括りを考えた場合、自分の身体だけではなく、家庭の崩壊へと繋がりかねない。
1月15日に、今年の正月の最後は、「納豆餅」「あん餅」の豪華食事だった。こんなに甘いものは常には無い。今日の血糖値は「140」の空腹時血糖だった。今週にA1Cの検査を予定する。
自分の身体だけではない事を知って欲しい。

コミニティーの市街地の再生は無理


阪神淡路の大震災から20年目を迎えた。神戸・西宮など震災復興の先進地から、多くの自治体派遣職員が支援で南三陸町に来てくれた。
20周年の一区切りにあたり、我が町からも交流団体が招待され。町長と職員が式典に参加をした。
阪神の大震災の震災復興の中心にいた職員が、「復興は終わっていない」と顔を伏せた。都市計画の先頭に立った職員も、まだ進まない空き地の開発地を見つめていた。
昨夜は阪神大震災の今を報道していた。今の南三陸町の復興には経験した自治体の検証による、国の復興計画で再建が進む。当初は被災弱者を一日も早くと、被災弱者を災害復興住宅への入居を進めた。しかし、高齢者を始めは7割の入居を計画するも、4割にとどまり、以前の人との繋がりの維持は繁栄されず、前コミニティーの再生は商店に図られた。
当時の職員は、以前の地域の継続と、若者と高齢者の共有する、住宅の入所にこだわれば、ここまでの「孤独死」と「地域形成破壊」は、阻止と維持はできたと、自己の検証を今していた。

私も被災前の地域の再建を模索し活動してきたが、時間のかかる土地の整備と、住宅の入居も公平・公正の名の元の「抽選」を、行政が選択し、コミニティーが元に戻る事を難しくした。私の地区は個人で土地も持っていたり、財政的にも少しは余裕を持ち、地の地区への移転に動く人も多かった。90世帯余りの地域の再建はもう無理である。

現在は広く散らばった町民の方への、被災地の発信を進めていきたい。「千葉さんにはもう頼れないね」と昨日いわれた。申し訳ない。

被災地に潜む危うき


多くの工事に対して業者がいない、国からの復興交付金が今の工事状況で、上積み補助がある。
被災住民の早期の住居と土地造成があり、それに答える行政の義務がある。そして、これを被災者が待っている。

予算を考えずに大きな事業が出来る今、今後の町形成に見合う復旧工事かと言うと疑問も多々ある。
行政の「専決処分」は議会での承諾を得ずに、予算の執行を行政ができる。何事も行政の決定に疑いを抱く性格の私は、工事の専決処分は業者決定まで、行政が進めその裏に特定の業者の決定があったら、予算の決定により業者への落札は、ある意味で見えない資金提供があり、業者からのお礼金と言う、贈収賄が成立する。あくまでも空想かもしれない…。でも、私だけでない事を、知人が話していた。
こんな架空なシナリオを思ってしまう。「どんなやりかたでもイイから早く新しい町づくりの復興を」と、一部の被災者は言う。本当にこれでイイの? と問いかけたい。

亡き友達も一緒に成人


再建まだ途上の「さかなのみうら」は、10月の店舗火災から、昨年12月20日、志津川の仮設商店街のモアイ像から、歩いて50歩の場所に再々開店した。その店舗として活用した場所も、事業再建を進めたものの、復興による建設費の高騰により、事業を停止した人の訳ありの場所地と聞く。多くの被災地事情と困難な状況下で、更なる生きるための方法を模索し活動している。
今年の成人式者は192人で159人が出席した。町長は「悔いの無い人生を自らの力で切り開いて欲しい」と言い、戸倉地区の後藤くんは「少しでも町の復興に貢献できる大人になります」と誓いの言葉を話した。会場は写真を持ち式に参加した女性が二人いて、記事には「亡き友人も一緒に成人式」とサブタイトルが、その写真の意味と思う。その一人の町職員の高見さんは「一層頑張っていこうと気持ちが生まれた」と話す。
新しい20歳を迎えた町の若者達、新南三陸町の町づくりに、その思いの丈を、この何もなきなった町に、若い自分たちの発想を講じて欲しい。いまの町の復興計画に加え、平等な公平な町の体制の構築に、信念と自信を持って、町民サイドに立った行政運営、町民としての人に恥じない人間になって欲しい。

今の私には太陽は眩し過ぎる


早く2015年の日の出が見たい、こんな衝動に日々かられている。天気予報と日の出時間を週間予報でチェックし、今日ならと出かけると、私のように人が二人もいた。

過去の失敗と津波の現実に学べ


大槌町は津波による死者はあるが、震災後も1000人が減少し、今後も4割の人が町を離れると言う。復興計画があり高台に生活場所を移す事にしていても、多くの人が町を去る。
南三陸町も現在「14500人」と言われているが、今後3割の減少で1万人割れとなる。町の事を知り尽くした知識人は、1万人を切ると1年以上も前から言い続けている。
10mの嵩上げが進み、写真のように防災庁舎も8割が隠れる。今回15.5mの津波が庁舎を襲い「43名」の死者があったと、再びメディアでたびたび語られる。100年に一度の津波ながら、今後も直ぐに発生しないとも限らない大津波、大槌町の万里の防潮堤は、完全と言われながら町は破壊された。被災した低地部の再生に力を入れず、住民の住宅再建に全勢力を傾注する。
大きな津波を2回体験し、津波の怖さを認識する町の復興再建計画がある。再度多くの資金で町の再建をして、今回の15.5mの防災体制を取らない町の政策に、「何故?」と言う疑問を私は抱く。国県は南三陸町の津波防災を、8.7mの防潮堤で海岸線を守る。住民の生活地となる部分だけを16mの他に類を見ない防災体制にしたら、「消えた町!南三陸町」の防災計画だけで、人を集めることができる。
今回は町独自の防災体制で、これまでの経験に学ぶ事が求められるのに、目先の町づくりに特化している、行政の体質は変わりそうもない。
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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