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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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企業誘致も想定外


市街地の再生には「起業誘致」を欠かす事は出来ない。町のグランドデザイン説明会の町長の挨拶で、御前下地区への大型量販店の出店は、町の企業誘致の政策に想定外だったと、町長派言っていた。
ガソリンスタンドの3店舗が、45号の小森地区までの志津川インター建設予定地に建設された。橋爪機材・コメリ・薬王道・ダブルストーンなど、再建を待てない企業は既に営業を再開している。住民が一番望む中堅スーパー「ウジエ」も、今秋に4mの嵩上げし毎年の秋頃にはオープンと聞いた。
町はウジエに被災し嵩上げした「市街地への本設」を希望していたが、後2年での嵩上げからの建設では、時間が係りすぎる事を上げ、人口の減少への経営的に成り立つかも、経営想定調査の元に規模を含めた、出店を考え将来性の薄い所に、リスクを背負ってまで開店はしない。
町でも企業誘致への活動はしているようだが、厳しいと思うし、挨拶での町長の愚痴は厳しい本音の言葉と受け止める。人口動向は企業誘致の最大の問題であり、気仙沼市でも厳しい雇用状況を聞いた。
そんな中で「良い物は売れる」「販路を地元以外へ」など、商売の在り方と方向性を、事業所と町が連携し販路拡大が、町の生き残る為の手段となると思う。気仙沼市も本吉町との合併があったが、人口の減少は2千人余りの震災死から、人口の流失を入れても5千人~6千人と言う。震災後で残った人口からの減少率は、やはり我が町が高いだろう。みなし仮設入居者の650世帯が、町に帰って来るを想定している、行政の目論みなら余りにも甘すぎる。
今日の新聞に気仙沼市で仮設の物置・エアコン・ガス台は、「申請」により持ちだせる事となった。南三陸町は先月の私の仮設退室の時でも、帰って来る町民の為に仮設を開けておく必要から、持ち出しは「ダメ」と言う。この政策も今後は持ち出しOKも、町民の公平性を欠くので実施は難しい。この町の決断の遅さは県に取って大きな負担となり、跳ね返ってくるだろう。
住民の皆さんには自分の事です、もっと町の政策へ感心をもって欲しい。町の対策の失敗は町民の税への跳ね返りを生む。企業なら「賃金カット」「社員削減」があるが、公務員を守るより、町民を守る事が行政の本文ながら、自分たちを守る事に重点を置く体制が、現在の街である事に、被災地としての再建の再生の遅れに繋がっている気がする。
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輝く☆みらいづくり部会


昨夜の「まちづくり協議会の合同部会」には、高台7人・産業6人・公園10人が集まり、町長・副町長と担当課職員、傍聴者6人前後が役場会議室に集まった。2年間の協議会のこれまでの経緯が報告された。この集まりの中で、会長を含めた役員会により、次のステップや、次のステージにと、協議会の形態の改変が報告された。
唐突に出て来た会が、「輝く☆未来まちづくり部会」です。これまでは「高台移転」「産業再生」「公園」の各部会に、各々20名前後が部会員として在籍し、各専門部会で議論を重ね、中間発表として町長に提言を手渡した。新しい部会は30名の部会員で構成し、コンサルタントの元で今までのような、まちづくりをどうするか議論を深めていくと言う。確かに高台移転部会は最近6名前後の会員しか集まらず、議論が薄い気がしていた。そんな中でコンサルタントを軸に、UR都市機構・行政と、まちづくり協議会が、未来の街づくりの構想を話し合う。形態が改変し議論が活性化する事を願いたい。
「できる事はやるけど、できない事をある、そんなに甘くない。」と町長派いう。自分を擁護するかのような、復興計画推進での人口も・工事も思うようにならない現実を言っているかのようだ。できない事は町民が求める物や事に近づけるような、政治活動をするのが町長であり、「できない事もある」、これでは協議会で仮設から来て夜遅くに帰る、部会員の気持ちは町長には伝わらないだろう。
「上の山」を「上が丘」と今の嵩上げで、山で無くなった事を比喩して言ってみたり、「う回路で嵩上げされた場所に立ってみたい。」など、町民の前で言う言葉をもっと選んで欲しいと思った。
「チリ地震津波」から54年を明日で迎える。上の山では多くの人々が亡くなった歴史の場所を軽んじる発言に、やはりデリカシーの無い人とここでも感じる。当時の被害と多くの被災者があり、41人が亡くなった事実がある中で、被災地の復旧途上の方もあり、復興半ばで苦しんでいる人もあり、言葉は選んで考え発言してほしい。
まだまだ多難な南三陸町の現状を本気で議論できる会員が集まる事を希望する。行政側の人間が役員・会員に多すぎると、町の擁護し委員が遠慮する協議会に、早期の住宅再建に向かう人たちの願いは、実現は程遠い。

町民が動く時


今となってのこんな話に驚き、想定外の町民の移動で、また、復興計画の甘さを確認する。
1. 高台移転の個人面談での決定が3月までで、春の5月には決定に合わせ調整すると行政は言っていた。しかし、町づくり協議会で連絡された、5月に顔合わせをするはなく、ウジエスーパーのできる西地区に移転希望が増えていると言う。
2. 志津川地区だけの人口の流出がある。大きく被災した戸倉・歌津地区よりも、志津川地区の流出が大きい事実をしる。6年後の造成完了引き渡しまで待てない、志津川3地区高台造成事情がある。
3. 戸倉地区の特別な土地の提供を聞く。事業所としての土地が町で借地・売買をすると言う。志津川地区は戸建の土地に「店舗建設」も許されるだけで、事業所としての土地は準備は無い。高台希望者の減少で土地はありますと、土地利用の変更がある気がする。それが「顔合わせ」が遅れている理由の一つかも知れない。
4. 志津川地区の土地の買い上げ価格と、借地価格が10か月も前に提示されている。戸倉団地の地価がまだ住民に伝えられていない。住宅建設の前に土地価格を知り、今後の住宅再建の計画が立てられるのだが、借地代、土地坪単価の説明が未だにない。
5. ローン金利補助の申請にあたり説明を聞きに役場に行った。窓口に行くと申請の増加があり、対応の課が手狭となり移転しましたと言う。今年度に入り「ローン申請が増えた」と言われた。町中は高台造成となっていないのに建設が進んでいた。「待ってられない」の住民の行動を、行政は理解しているのだろうか。

写真は市街地の嵩上げにより、国道45号からは上の山にある上り坂が消えた。写真のように10mの嵩上げが、う回路の高さとなる。私は思う「住民の無言の行政批判行動が今起こっている」、これを無視し続ける事は、町の崩壊となる事実をしょうがないと、トップ周辺が思っていたら大変だ。何もなくなった市街地形成を、自分勝手に造れる状況にあり、「被災し頑張っている」姿に、町民は頑張っているんだからに甘え、それを良い事にやりたい放題で、復興の失敗のつけは誰が責任を取るのか。「職を辞する」、これだけでは許せないと私は思う。
未だにはっきり覚えている。アリーナでの志津川地区民の二次避難の、町長の「必ず戻らせます」との言葉が今の状況なら、町民の想定とは大きく違っている。「町民はこの町で死んでもいいと思っている」と、私は質問の中で語った。これがこの時点での町民の声・考えと思っている。しかし、町に戻る事無く亡くなった人達に対し、町長は弔電一本で済ませている事実、これでトップとしての役目をここでも全うしていない。職員の殉職でも家族への謝罪、自宅へ出向き墓前での合掌、慰霊碑の建立も今も無い、現在までの行政トップの行動に、町民は選挙で続行を指示した。本当に優しい人間の多い町「南三陸町」です。

町の復興計画を待ってられない

また新築中の住宅を三陸道の建設中の現場隣りに見つけた。こないだ知人も「上棟式」との話しを聞いたが、国道から離れた場所で、既に2世帯が建っていると言う。町の甘い想定の外れる「復興計画」を待てないがある。先祖が暮らしていた、この町で住み続けたいという町民も、沢山いる事を行政は守らないといけない。
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三陸道の「早期開通」を国・県・町も言う。本当は誰の為の「早期建設」なのかを思う。被災地の復旧の為の「命の道」と皆が口々に唱える。27年の志津川小森のインター開通、28年度には商工団地まで沿岸インターが出来る。私は三陸道は町の復旧によりも、いち早い住宅再建・造成を初めから言い、落選するまで言い続けてきた。三陸道の工事風景も「観光地」として、バスから身を乗り出し残る被災地・被災地の中の高速工事現場の姿を見つめる。
過疎地域と指定され高速が通る町は、隣町の本吉津谷のように、「ストロー現象」をもたらす。志津川市街地が町の観光拠点となり、商工観光の振興を行政は、交流人口の確保で街の発展を構想し、町の維持をしようとしている。トップの描く周辺の仲間の想定通にだ。私の大好きな「志津川」が無くならないうに願うばかりだ

何でだろう


「気仙沼は被災地で一番復興が遅い」とある人が言う。私は我が町が一番遅く人口も流出加速していると思っている。
昨日は介護施設あらと「いこい」に出かけた折、平磯地区の高台移転造成地の脇を通った。こんなにも法面のひいた芝が青々と茂っていた。しかし、土地が出来ているのにその後の、個人の土地への新築準備が何一つ進んでいなかった。
私は時間が係っている造成整地中に、建設の準備を進めているものと思っていたが、個人が行政が段取りを取れていないのか疑問に思った。
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防災庁舎はやはり南三陸町の観光の目玉と、町外の人は言う。しかし、この悲劇の場所を観光の拠点とするのは、私は絶対してはいけないと思っている。商店・観光の流入で商いをしている方の大半は、観光としての「防災庁舎存続」を懇願している。
昨日もさんさん商店街は賑わいを見せ、観光支援の流れで防災庁舎には観光バスが止まっていた。
来週は日曜の18日は歌津の「しろうお祭り」があり、週末の26日は歌津で「南三陸町福興市」が町あげて開催を予定する。天候だけ

再建補助金の活用で


高台移転整備が遅れると言う話が、町民が寄り合うと飛び交う。多くの不安の中で町民は静かにその時期を待つ。自己再建が町内あちらこちらで上棟式が行われ、町外での土地購入建設も聴く。登米市佐沼のある話しでは、坪単価が被災前の3万円から、現在は「10万円に高等」との話も聴く。
町内・町外再建での町の独自補助制度も違う。再建はり災加算金の200万を基礎として、「ローン金利補助」「浄化槽補助」「水道引き込み補助」「太陽光パネル設置補助」などが私の頭にはあった。そんな中で「県産材活用補助」があるが、材料費としては余分に経費が掛かると思っていた。私は県外の建設会社で、材料高騰や確保の為に地元での業者を諦めていた。町・県などの複合の補助金があり、知人は「120万円」の確保ができたと言う。申請は建設会社で、地元の製材会社が相談に乗ってくれたと話す。
なにも知らずに補助を活用せずに住宅建設をしている方も多くいると言う。私は「産材使用」「太陽光」の制度活用はしなかった。また、事業補助も二分の一で、4分の3グループ事業は現在取り組んではいるものの、難しいグループ集めに奔走している。7月までに何とかしたい。2分の1で500万円は補助されたが、次のステップだと、300万円がプラスになり、挑戦しない手はない。
取りあえず自宅・工場は自分の土地が狭いが確保し、小さな倉庫を工場にして、今後の生活設計をした。補助は活用するに越した事がないと私は思うが、これからの皆さんには大いに取り組んで頂きたい。色々お教えしたいと思いますが、町の担当課に何回も相談に行く事を進めたい。

生みの苦しみ


震災の2日後に見た光景がある。新しく生まれる町、復旧復興する為に大きな町づくりの変革となり、今はその途上と言える。写真は現在の光景で、志津川保育所の位置する上の山緑地も、1mの津波の到達があったものの、この破壊は何なんだろうと思う。
昨日、私の最大の信頼を持つ、同僚だった大先輩が来社した。いまだに地域でその力量を求められ、声掛けやお願いの役を求められると言う。喜寿もまじかで持病もあり、もう休んだらにも「血気盛ん」な行動を見せている。
入谷鏡石地区の道路の整備を県議会に、入谷地区の各団体の連名で要望を提出にも、一人で根回しの陣頭に立ち頑張っている。
私も含めてだが若い世代に、新しい町づくりの先頭に立ち頑張ってもらいたい、が互いの願いだ。体に持病を持つ私とて57歳ながら、7年後の復興計画完了の頃には、総て職から退く事も視野に入れている。
志津川剣道協会も歌津との合併で、体育協会で進んでいる。スポ少などまだ続けるものの、大きな節目を迎える事となる。
町の様相の総てが変わる。この町再建の復興の在り方に私は大反対を貫きたい。

古き良き志津川の環境の回復へ

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私は遠藤副町長の優しさに時折触れ、「この人が町長だったら、どうなっていただろう?」と思うようになった。
志津川役場一筋に、総務課長から福町長になった。その経緯も知ってはいるが、ここで訳を話すつもりもない。また、同級生の兄でもあり、亡くなられたお父さんも良く知っている。
町長代理として多くの場所で挨拶をし、代弁者として町民の前に立つ。町政に50年間余り係わり町の変化も見てきた。一つの業種に便宜を図る事無く、農林水産業・サービス業の総ての産業に、公平公正に分け隔てなく、行政の公僕としてその役目を全うしてくれそうだ。
被災前の厳しい町の情勢・経済に。大震災後の復興や新しい町づくりの先導者として、どんな政策を講じあたるか見てみたかった。
役場職員を守る役目も判るが、職員のモラルの向上や新しい時代への意識改革など、是非今後取り組んで頂きたい。町長は町のトップセイルスマンなら、遠藤副町長は職員の技量アップや、不足する部分の指導・体制の改善に的にあたって貰いたい。
そんなことを「ふと」思った朝だった。

写真は「サンオーレ袖浜」の安全祈願祭で、人口海水浴場は前県議「高橋氏」の県議活動が実った物だと聞いたことがある。高橋氏も公平公正に資する方と私は思っていた。政治の動きは中に入ると、知らなくても良い事が、次々に見え隠れする。
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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