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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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ポプラ

何度も旧志津川中学校から志津川を見る、何も変わらない市街地が、この角度からは広がっている。命からがらこの坂を駆け上がり、助かった人たちは、他の場所に移り住み、町の再建を見る事なく亡くなった人も多い。避難場所だった「福祉の里」は現在、JA南三陸志津川支店・西工区の現場事務所が出来ていた。老人ホームの脇の広場には静かな公園だけがのこり、ここを通るのは高校生で、誰も訪れる事なく静まりかえっていた。
100以上も前から「ポプラ並木」だけが、日々の市街地の移り変わりを見てきた。町の人の生き様をポプラはどう感じているのだろう。
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旧志津川中学校の桜の光景は一部だが、今も変わる事なく昔のままで、満開の時期を逃してしまった。良き志津川の光景と自然に包まれ、静かに生きる事もまた楽しいかもしれない。

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農地圃場整備進む


昨日は気仙沼に用事あり出かけた。三陸道の延伸も北へ北へと進んでいた。
気仙沼本吉小泉地区の「瓦礫処理場」も解体され、農地の整備が農家の早期営農への希望を受け、こんなにも早く広く圃場されていた。海岸部も地盤沈下で海に沈んだ土地の嵩上げが、開始されていた。
今回の大震災で、食糧以外に「電気」「飲料水」の天災時の生活必需品の確保が、国県・自治体で叫ばれて居る中で、昨日のラジオで石巻地区の「メガソーラ」の、遊休農地への設置活用が放送されていた。牡鹿半島の牡鹿地区への20haで、3000世帯分の太陽光パネルの設置完成を伝えていた。
東松島市でもメガソーラがあり、大型ベルトコンベアー導入で、市民生活の早期再建と、将来への生活資源確保など、市民全体の後世の為の政策を講じているのに、比べて我が町はどうだろう。
「道の駅」「メガソーラ」等、議会でも提案はするものの、「木質バイオマス」の推進はあるが、目立った復興の政策は「一部の町民」の為の政策に終始している。
町民の奮起を期待するものの、高齢化が加速し「少子高齢化」がもっとも目立つ、被災自治体となっている。

仮設退去


こないだまで「仮設備品を持ち出せる」との親戚の言葉で、退去にあたりエアコン・物置・ガス台そして電気器具の果てまで持ち出せると言う。
1週間前に行政の担当部署、「被災者支援センター」に聞くと、最初は追加の備品のストーブ・畳・コチツは大丈夫ですと聞く。「戸倉の人はもうエアコンはずしてますよ」の話に、偶然に役場内で課長に会い確認を求めた。「駄目です」と言う。
知人は「県のホームページでも配信している」「報道・新聞でも伝えているのにおかしい」とくいさがらなかった。
町にもう一度聞いても「町のもので持ち出しは出来ません」と話された。最後に県の担当部署に確認した。その判りやすい説明で、夏得ができた。できれはこうした対応を町にも取って頂きたい。
結果的には行政の言う事に間違いはないが、震災復興の形・進捗による違いが見えてきた。県内の被災地で備品ほ餅出せるのは6自治体で、半分ぐらいにあたる。持ち出せる自治体仮設は、災害公営や土地造成が進み、仮設の不要となった自治体であった。我が町などは住民再建が進んでいない遅れがあり、今後「みなし仮設」から町に戻る住民もあり、集約を図り被災者を町で受け入れる場所として、まだ仮設が必要な為だった。
県内の被災自治体の状況により復旧の進め方で、備品の生活再建の活用に公平でないのはおかしく、6点セット以外の「エアコン」「ガス台」「電気機具」などの購入にも、再建には実費がかかる。被災住民支援の面からも、行政の想定の甘さがある。最後に仮設が必要でなくなった方には持って行っても良いでは、不公平となる。また、数千台の仮設の「エアコン」「物置」などは、県の今後を考えた場合、町に払いさげとなると、その保管費用も倉庫など膨大な経費が町民に掛かるという事になる。まだまだこの問題は続くだろう。町民の人たちにも考えてもらいたい。「復興計画これでいいの?」と。
戸倉団地の産業廃棄物も、地元の業者の処理負担となるべき者を、県に処理費を負担させる事になるなど、県民・町民の負担が、行政の対策の甘さで、尻拭いを被災住民に押し付ける事になる。こんな事は子供たちに言っている「自分の事は自分で」と、祝辞で言っている事の本質からも外れている。

70歳で何もできない高台移転と嘆く


「70歳になってしまう」「70歳では何もできない」と、5人のグループ事業補助への参加は無理です。こんな連絡がきた。家族で相談し志津川3地区の移転時期の遅れを言う。もう2人の方も自営業はしていたものの、年齢と住宅再建を考えると難しい。事業再建の資金として「少しでも」と補助始業へのチャレンジをしようとする。だが今の現実を嘆く。
写真は大森地区の被災地ながら、この辺かを気付けるのは地元の人しかいないだろう。こないだまでこの角度には、「大森屋商店」と「ホルモン大森」があった。
人づてに聞いたが市場前に移転した、と。以前の土地は27年度には嵩上げされ、10mとなり水産加工団地となる予定だ。その為に行政の指導を受けたのだろうか、中小基盤機構の仮設が連なり市場入口に建っていた、
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土地への愛着は誰しも深く、この場所でと言うこだわりも強い。見渡すと市街地は十日町の嵩上げはあるが、あとは何も変わっていない気がする。今後は新井田川の天王前の場所が、河川変更となり大きく市街地が様変わりする。
私は思う。親の後を継ぎ商売を続けてきて、被災し時間が経つとお得意さんもバラバラとなり、商売の再開は難しい。早期の住民生活の場所の確保の必要性が、こんな所にある事を行政は理解しているのか。「判っているけどできない」、これが行政と町長の言葉として、本当に良いのだろうかと思う。
19日から家に移る。こんな事を多く語り合い、行政への「住民の声」として届けたい。ただの町民となり管理職の半数の対応が大きく変わった。こちらからぶつかって行くしかない。

コミニティー入居


災害公営住宅が仙台で3000戸の内、500戸余りが建設終わり被災者に引き渡し、今月になり被災者の方々にカギが渡った。
阪神淡路の災害公営入居者の「孤独死」が問題となった。そんな検証がされているのに、我が町は抽選による入居を強く進める。仮設での被災者の繋がりが生まれ、「住民と離れたくない」と、ある町外の地域で「コミニティー入居」が検討されている。南三陸町でも被災し共に暮らした人たちと、共に災害公営住宅への入居が、議会に要望されたがその方向に町は無いようだ。
今日、来社された方は言っていた。陸前高田市ではベルトコンベアーでの、高台造成と被災地の嵩上げを進めている。大型トラックで造成土を運ぶと10年掛かる事業が、大型ベルトコンベアーだと、1年半で終わると言い、トラックも露天掘りなどで稼働する、超特大のトラックで造成を早め、人口の流出への対策と新聞は伝えている。しかし、造成地に大花穴が見つかり、現在はストップしていると言う。宮城でも「東松島市」がベルトコンベアーによる造成にあたっている。
町は建設業者の仕事を作る事を中心に考え、早期の住宅再建への対策に、二の次と町民生活再建を軽んじているように感じる。
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今日また、こんな情報を町民がくれた。志津川地区の防集の土地提供の承諾を書いたが、その土地が樹木の伐採もされず、そのままで、勿論、土地の買い上げの話もその後無いと言う。
現在、志津川市街地の3地区の高台移転の、「個別相談」の最終と言われる話し合いは、3月末で終わったと思う。前回の高台移転部会で、戸建が100戸・公営50戸が希望者が減り、まだ残る未決定は町から出て行く方々のような気がする。行政は住民減少の危機感に薄く、対策も、有名な被災地にありながら、独創的な再建計画も目に見えてこない。
私の仲間も高台移転を諦め、土地から自己再建の道を取った。その他には1年2年と土地造成が遅延している中で、できるまで待つと気丈に話していた。
歌津地区の「建寺」さんの上棟式が8日にあり、地元の菩提寺として早期の再建を果たしつつある。その隣の高台に木々の伐採が終わった、赤土で覆われ高台が広がっていた。地域が一つとなり菩提寺の近くでの住宅再建となる。前住職の厳しさと優しさで、多くの人生勉強をさせてもらった。
志津川十日町の「浅野」さんが亡くなられた。大変お世話になったのに、焼香にもいけなかった。今、気づいても何処に行けばいいのかも判らない。合掌。

じぇじぇじぇ


「北リアス線」が昨日開通した、地元・沿線の住民の笑顔に、被災地の早期復興への期待へと、今後の期待・夢が繋がり、開通が生活再建の希望と重なった。
先週のチリ津波で気仙沼線は夕方6時まで、津波注意報の間、運行が停止となった。戸倉停留所にはJR東日本の車が赤色灯を付け、BRT停留所に留まり通行止めとなっていた。
気仙沼線の鉄路での「早期開通」を住民は願うも、BRTの通行より鉄路は当分は無理と、今の運行が始まりBRTを認めた事で、鉄路の復旧は遠い未来の事になってしまった。岩手県では三陸線の再建が復興の第一歩として、地域民が再開通を願い要望した。気仙沼線は町では「陸前戸倉駅」の再開と仙台への運行を、町民・地域が要望するも、確か再開調査費として1千万の予算を計上したが、何一つその結果は見えてこない。「ポーズ」、まさか、交換条件との噂があったが、どちらでもいいから町民の喜び笑顔が、被災地で生まれ全町民が喜べる事を、何でもいいから叶えて欲しい。
三陸線も南リアス線と北リアス線が開通はしているが、「山田選」を始め気仙沼まではまだ開通していない。だが2区間の開通で全線開通への夢が見えてきた。
登米市に行った昨日、また嫌な情報を聞いた。2世帯の住民が町を張られる事と、市街地以外の防災集団移転も予定から、半年・一年・それ以上の遅延となると言う。28年後半は市街地以外ではなかった造成計画、何で遅れる事への手立てをとらないりか不思議手だある。被災地の建設状況はこれまでも把握はしているのに、「なぜ」「何故」と言う気持ちが、行政の対策に対してある。

店舗付住宅


先週・今週と「事業再建補助金」と「河川堤防に伴う問題」に、関係する町民と活動をしている。全てに平等に事業支援制度があるかと言うと厳しい。
私もそうだが震災直後の混乱での「補助事業申請」があり、23年に事業申請をし24年3月末に二分の一補助を受け、事業の再建と従業員の雇用にこぎ着けた。並行して住宅再建の補助も24年度に図り、25年5月10日に建設業者契約をかわし、現在は写真の状況で今月の中に建物だけの建設と成る予定だ。倉庫を工場に自宅一部を事務所にして、商工団地ローソン下で事業の再建となる。
志津川3地区の高台移転は、造成はそのままで設計の見直しを現在進めているようだ。東地区に14店舗、中央に18店舗、西に5店舗が高台部会で報告された。28年中旬に土地が住民に引き渡された時に、事業補助制度で「店舗付住宅」の建設ができる。
今回で「グループ補助が終わる」と、10次11次と進められてきた。そして今回の5月16日で事業申請の締め切りとなる。現在町内で事業補助を受けたい人を探している。現在は4まだ4人ながら、5人以上の仲間を集めている。参加したい人は080-1801-6399千葉まで連絡をしてください。
8時半に出かけ、いま一の関から帰り文面の確認をしたが、誤字脱字がいっぱい、校正なしでの掲載は、忙しいとはいえ駄目な事を再確認した。
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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