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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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戸倉地間大異変


去年の10月後しばらくぶりで戸倉水戸辺・在郷地区に行って見た。広大な瓦礫処理場が解体され、現状復旧へと、次の段階へと進んでいた。8.7mの防潮堤・河川堤防の建設の為の、生コン施設がこの場所に建つ。県の事業は災害復旧と言う事で震災5年後以内で、国道整備も含め完了しないといけない。
町内の国道のう回路となるある道路は、13mの拡幅工事なされダンプカーの為の道路が整備されると聞いた。町中の通勤の為の道路は、益々の混乱と危険な場所となる。現在、志津川被災市街地の営業店舗が5軒ある。立ち退きと移転が迫られていると言う。「食べて行くための仕事」が無くなると訴えている。
仮設の長引く生活の生活費は何処からも出ない。なけなしの手持ちの資金の枯渇があり、日々変わる生活環境の中でその苦悩は募る。
CIMG5488.jpg
あの大きかった仮設の処理プラントの姿は何処にもない。
こないだの「臨時議会」での行政報告に、被災者への「義捐金」の二重払いがあった。昨年新システムの導入により発覚した。入力ミスなどがその原因と言う。義援金1364万円の誤支給と地元の新聞が報道したが、県下紙やニュースでの報道はなく、何も知らないままで行政のミスが処理される。超過支給は14件1172万円で、未支給は9件147万円になる。今後は超過支給に関しては、自宅を廻り月賦でも良いから、返金を求めていくと言う。
上記金額の誤支給は1~4次の配分分で。支給された義援金への疑問も無く、生活費として有難く使ったと思われる。震災後の混乱を良く理由に行政はするが、いつまでもその理由を震災の為とはいっていられない。
町長の行政報告のなかで謝罪したと言う。休憩間の議員の質問となったが、インターネットでどんなやり取りがあったか確認したい。休憩中なので公開していない気がなる。

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入谷地区の復興拠点としての役割を見る


写真は五日町の八幡川の川沿いにあった「さとみ」さんです。平成25年末に入谷桜沢の国道389沿いに新築された。私たちの仲間の会「31会」でも、ゴルフ大会などの納会で良く使わせてもらった。ご主人の「孝志」さんも31会に参加され、大騒ぎした被災前が懐かしい。今は息子さんが商売をしている。
この街道沿いには、ローソン・製造会社・床屋・食堂、そして今回は地元の「松野や」が出来た。林際にはすがわら蕎麦屋ができ、大学の施設として「入谷ど」や、入谷デイサービスセンター」もあり、JA南三陸「葬祭部」もある。南三陸町での第二の拠点となっている。私が被災後第二の町の場所として、同僚たちにこの場所での一時な町再建をと言ったのに。その時は何の動きもなかった。そして今、現在欠かせない場所としてある。入谷の災害公営住宅は26年7月の入居を予定する。戸建は3DKが7戸・4DKが2戸で、集合住宅は2K9戸・2DK18戸・3DKが15戸で、合計51戸が建設される。
今日役場へ見積書を持っていくと、臨時議会があった。臨時議会の開催を何で知ればいいのか今は解らなく、以前は私がブログで開催を告知していた。30分位窓口のテレビで傍聴をした。津波防災拠点事業の3地区の土地取得があり、地権者として志津川の「土地持ち」と言われる方々が、東地区の西の土地の場所を数千万で、中央区の高台連絡道路の土地を1千万を超える買取価格があった。5000㎡以上の買取が議会に掛けられていた。土地の取得により買取の収入は、取得特例処置として諸々の経費を除き、5000万以上の収入となる場合に所得税の対象となる。何も無ければただの山の土地だが、この場所が高台移転の候補地となり、ここに多くの予算が使われる。私も含めこんなに震災復興で町に土地支援はできない。再建資金の確保も難しい中にある。
私の議会傍聴での感じた事は、新人としての小野寺氏、元職の今野氏の議案に対する質問が、傍聴2回とも二人だった。あとは現職の三浦氏だった。窓口での今日の傍聴では、一緒に見ていた方が「課税額を聞いたの」とか「町民税務課長は何処の人」と聞かれた。一応しっかりと答えて差し上げた。


議員一年目の大きな事があった。行政トップとの議会での議論となった福祉施設問題があった。
町内には被災前には慈恵園老人ホームがあり、町内の有志によって特別養護老人ホームとあった。町内の住民70名もの雇用の元で、高齢者救済・家庭での介護問題解決に取り組んでいた。今回の津波で旧志津川中にあった施設は流出し、多くの入居者が亡くなった。そして、現在入谷小の裏側に新しく慈恵園が建設されている。
議会の議論は、袖浜宅への新しい介護施設の建設にあたり、行政からの固定資産税免除など、立地にあたっても行政の支援を受け、町外の医療団体が経営にあたった。地元の建設会社と関係のある仙台の建設会社が関わったと、議会の先輩が行政を問い正した。
一番の問題は施設建設の入札にあたり、短期間での施設の内容・見積を行政は、見積提出団体に求めた。通常の入札業者通知の遥かに少ない見積準備時間しかなく、地元の介護施設の入札参加をできなくしたと、こんな事が議会で論議され、そのやり取りに疑問ばかりが行政から感じられた。落札させたい企業との事前繋がりがあったと思う。政治はこんな物かと町政に、多くの利害があるような気になった。甘い物に群がるアリのように、猪瀬さんにも別の関係が表面化した。緻密な策略には内部告発しかない。戸倉団地の産廃出土にも多くの係わり者がいて、それが表面化しない風土が志津川にはある。
ケアセンター・福祉モール・多機能施設などが今後建設され、南三陸町は福祉のまちを目指す。何故なら高齢者の町に向かっているからに他ならない。

こんなにも時間が


昨日は災害公営住宅の希望者の「委任状」の委託を受け、現時点の入居予定時期を聴きに行った。担当はまだ未定ですが「27年から29年頃」「入居は抽選に」「入居審査委員会で家庭の状況に応じて決定」など、今時点の行政が話せる所までの情報を得た。
最終の入居意向を地区を年末に聴き、今後は入居契約を進め、最終戸数を決定し「災害公営住宅数」を決定していく。以後の受付については最終申込みの後となる。希望の方には今後の生活の形を決定し、27から29年となる災害公営への希望申請にあたって欲しい。
志津川市街地の3地区移転は、東地区の東が27年4月の「病院・ケアセンター建設」が完了し、町役場ができる予定もあり、この場所の戸建用地約17戸と、公営住宅の東の建設約370戸が以前の意向にある。その東の3地区が初めに建設されると思っていたが、公営住宅の建設は同時期におこなう為に、順次27年以降と言う事だが、この27年の入所は厳しいと思う。希望の方々にはもう少し頑張ってもらうしかない。「そんなに待てない死んでしまう」と言った、高台移転部会の傍聴者の言葉を思い出す。
写真は志津川市街地の先行嵩上げが進む、五日町の「ちがや」「あさみどり」さんの場所で、こんなにも現在土が盛られている。予定は海抜10mでまだ半分にも及ばない。ここにはショッピングモールが建ち、隣接地にポータルセンターの移築がなされ、観光地の拠点として観光客を受け入れる場所となる。

東地区の西・北の今


石巻市の土地の造成が進められ、300戸の整備の15戸が当初の移転意向を止めた。被災地での移転意向も6%が行政の準備する場所への移転を変更している。それは移転地の土地の価格が高い、整備までの時間がかかる。この問題点により買えない、待てないとの考えが、近隣の市への早期の住宅建設に動いている。我が町もこの状況にある。

高台移転の土地の価格と、造成引き渡しの大括りでの時間経緯が報告された。被災住民が一番気になる。土地の価格が発表となった。基本的には100坪を対象として、東の東が56100から62700で、借地が6600から7400、東の西と東の北は同じ金額であった。中央区は52800から59400で、借地は6200から7000で、西の東・西は49500から56100で借地は5800から6600となった。価格の差は土地の評価額で、造成経費とは関係ないと言う。しかし、被災地の買い上げ価格の差に、土地取得の大変さを感じる。
最終的な3地区の土地希望決定を、26年1月17日から個別相談を各地で開催する。26年春までには土地の「決定」「登録」と、土地の区割り決定で本格造成となる。当初の造成面積が減る事はないが、地区形成で必要とさせる施設の確保に残った土地が活用される。

あれもこれも言いたい


こないだ同級生の母の葬儀に参列した時の、大雄寺の山門の杉並木の被災跡地です。寒々とした寺の駐車場が広がっていた。
行政では新たな26年の町づくりに向け、町の「新年顔見せ会」があり、県議・町議・金融機関や町の各団体など、多くの町復に関わる人々90名が集まった。
ある方は「少しずつ震災から脱している」と言う。「共の震災復興に頑張りましょう」とも言う。被災住民はその中にあるだろうかと、行政に今後も言い続けたい。
石巻市で独自支援として、みなし仮設からの市の仮設への移転費用支援を考えている。3千万円の予算の捻出に取り組むと言う。広く散らばった市民の集約を図るために、政策があると報道は伝えていた。
また、志津川地区で魚店を営んでいた方が、絶望の淵から仲間の誘いと応援で、市場の仲買として復帰し、現在は住んでいる登米市の仮設に、志津川魚市場の地元の魚をさばいて、自動車販売をしている。との嬉しい話しを報じていた。
メディアの情報をゆっくり見れる時間ができ、津波被災地の現状と住民の個人再建の姿を確認している。しかし、大半は仮設での苦しい生活があり、今後もなかなかはっきり見えない町の復興を、待ち望んでいる。
今日は高台移転部会が「ポータルセンター」である。志津川の津波拠点事業の情報や町づくりの進捗を町民に伝えたい。

行政の監視役の新体制


7名の一般質問が12月議会であった。紹介したい。

佐藤 宣明氏
 ①復興事業の進展で事務事業が増大してくる。推進体制の確保を。
 ②復興事業の受注動向と対策は。
佐藤町長
 ①派遣職員は現在96人。来年度以降は事務事業が増え、現在よりも人員が必要になってくる。各県市町村に要請活動をして必要人員を確保する。目標は150人だが、120人ぐらいを確保したい。
 ②25年度の入札不調は5件だが、津の宮漁港以外の工事は再度入札してすべて落札された。東京五輪特需による復興の遅れを心配する声は承知している。具体策を講じるよう国、県へ働き掛けたい。
山内 昇一氏
 ①優先すべき重要施策は。
 ②高台移転への住民の早急な決定、町への帰還を促すため復興建築祝い金の創設と一定期間の税の減免を。
佐藤町長
 ①公約に掲げた項目は独立して取り組むべきというよりは、連携した取り組みで効果の
最大化を図り、復興の加速化につなげていく。
 ②町としてできる範囲の支援制度を作ってきた。祝い金などの制度はなく。町単独の財源となるが、数千万円かけて建てた家に1~2万円は贈られない。これから1300戸ほどの家が建つので調達は不可能。税の減免は国の制度がある。復興財源に充てるための増税が出てくる中、町が減税するのは難しい。
小野寺 久幸氏
 ①仮設住宅集約の際の引っ越し費用の補助を。
 ②災害公営住宅入居の敷金免除の考えは。
 ③女川原発再稼働反対の意思表示を。
佐藤町長
 ①政策的な理由による転居は町の責任であり、引っ越し費用は町で負担する。
 ②仮申し込み時に家賃3か月分の納付をお知らせしてきた。条例によって納付が必要だが、被災した町民の早期生活再建の支援、経済的負担の軽減のため、条例のただし書きの規定に基づき全額を減免することにした。
 ③国のエネルギー政策について一自治体が意思表示するのは難しい。明言は控えたい。
後藤 伸太郎氏
 ①国、県から防災対策庁舎の保存の指示があるのか。
 ②後世に震災を伝えていく必要があると思うがどうか。
佐藤町長
 ①各市町が遺構を選定するのは大変悩ましい問題であり、県が主導で考えたいとのことだ。県の有識者会議で議論が始まる。どれが選定されるかは見守るしかない。
 ②何らかのものを残さなければいけない。検討中であり、町民皆さんの意見をもらいながら進めたい。
阿部企画課長
 ②職員10人で庁内プロジェクトチームを作り、方向性を考えている。最終的には町民みんなで考える舞台に移りたい。
菅原 辰雄氏
 ①被災農地の活用は。
 ②町民バスの増便、時間変更など利用者の声を反映させよ。
佐藤町長
 ①県営事業で行っており、原型修復は町内26カ所。来春から営農可能で、復興交付金で整備する農業機械を無償貸し付けする。6カ所でほ場整備中であり、27年から営農可能だ。
 ②過密スケジュールで運行している。一度に全てニーズに対応するのは困難。防災集団移転など集落形成を見据え、事業者、BRTとの共存を図りながら、ニーズに沿った効率運行をする。利用者の最大公約数を捉えてダイヤ変更などをしていく。
今野 雄紀氏
 ①義援金と寄付金の使途は適切か。寄付金はどのような事業に使ったか。
 ②高齢者らのため災害公営住宅を低層に見直せないか。
佐藤町長
 ①義援金は町の配分委員会が県に準じた取り扱いをしており、全国、県、町合わせて66億円だ。寄付金は延べ1358件4億円で、基金に繰り入れて適切に管理し、活用事業審査委員会で活用の是非を検討している。消防団・交通指導隊の制服やモアイ像設置などに充当した。
 ②集合住宅はすべて3~4階の中層住宅で、全住棟にエレベーターを設置する。障害者、高齢者のみ世帯は入居に配慮する。着手時期が遅い住宅は入居動向を踏まえながら4階を3階にするなど柔軟に対応していく。
及川 幸子氏
 ①名足保育園を認定こども園へ移行しないのか。
 ②人材育成のため保育所と幼稚園の併設の考えは。
佐藤町長
 ①幼保連携型は保育所の認可を受ける必要があり、調理室、医務室など施設の改修が必要で現状は難しい。地方裁量型は現場の混乱が見込まれる。教育、保育担当職人それぞれ人材が必要だ。9月に行ったニーズ調査の解析、設置予定の子ども・子育て会議の議論によってサービス提供体制を整えたい。
 ②認定こども園が考えられるが、ニーズが多種多様化している。調査の解析結果などを踏まえていく。

現職・新人の新体制に中間期の復興計画の進捗の監視お願いしたい。

誰かの為に小さな事から


「初日に祈り」「神社に願う」、こなに行動から今年は始めた。
震災後の生活で正月3日間を家にいるのは初めてだ。父親と二人でパコソコンや正月料理を食べてテレビを見ている。
3.11から町民の避難・被災生活の確認や支援、そして行政へ問題の対策を考え、議会の事務・原稿をまとめなどで、この3年間は動いて来た。震災で全てを失い出来る事も限られている中で、「時間が無い」くらいに被災者の為に出来る事をしたし。議員報酬の恩恵により、事業所として従業員の確保もできた気がする。
元旦の「相棒」は官僚の国益のためと、ひと握りの国民の事などどうでも良い、とのそんな考えの官僚・大臣の行動は間違っている。こんな最終内容に満足した。しかし、社会はこんなものだと諦めの気持ちが今増幅している。
こんな社会は私も許せない。しかし、世渡りや生き方の上手な人には、やっぱり勝てないと思いが強い。ひとりで一部の意を同じくする方々との行協動でやってきたが、町職員との繋がりを確保した行政トップがある。今後の町づくりが良いか悪いかはどうあれ、その通りに進み、ひと握りの堤案などはどうしようもならない事を思い知らされた。これが震災後の議員活動を体験し、最後に感じた事だった。
震災前後に自分が「ここは間違っている」との思いは、半分以上は改正されたが、「震災復興」との大きなかじ取りの首長の期待は、町民の希望として受け止められている。
元旦も福島県の被災地で「成人式」があり、「町長最高!」と成人者が言う。我が町も震災後初めての成人式で「町長万歳!」があった。もっと政治の裏側や町の現実を知って欲しい。権力の横行でその影で人が消えていっている事を。全町民の為にある「町づくり」の構築を。
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千葉のぶたか

Author:千葉のぶたか

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