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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
286票 次点(18人中17人目)

高台の造成とスーパー建設をだった


南三陸町議会議員選挙の看板の掲示板がやっと埋り決まった。
選挙前は定員オーバーがなく「無競争」から始まり、誰が議員を止めて空きがいくつあるかが囁かれ、事前説明会には一人が多く出席した。その後でニ転三転と出馬の数が変わり、結局18名の候補が出そろった。
入谷地区からの関係を含め、一人辞め5名が立候補し、5区に5人の乱立という構図となった。戸倉地区からは一人の殉職があり、前回の議員数から1人増え5名が立った。歌津地区は一人減り一人が立候補で展開している。
私の志津川地区は二人が勇退し、36歳前後の若者が出馬した。志津川は市街地が2000世帯流失し、仮設とみな師仮設などに多くが町外にも出て、海岸線を含め他に200余りの流失ともなった。全ての地で諸々の状況を抱え、厳しい選挙戦となっている。
選挙の地区廻りはまだ私は7割でしかなく、少し遅れている。登米市を廻ると半日以上も時間を要するが、この地区へは多くの時間を掛けて、人口の流失を防ぎ「住民帰還」へと、積極的に多くの時間を町の再建をと訴えたい。
住民の要望はやはり「高台移転を早く」だった。行政の中のごたごたなど誰も口にしていなかった。「とにかく早く」なのだろう。もう一つの大きな声は「スーパーの早期の建設を」だった。
私がブログで言っている「商工」「観光」などの早期振興は、行政だけの強い方針であり、多くの住民は以前の生活の復帰が希望と強く感じた。
次の町のトップを誰にし、一日も早くの生活の確保と町の再生は、「町づくりを誰に任せるか」の、町民の選挙行動でしかない。働ける・動ける人を、本気で一体となり再建に向かえる人材を町政に送る事にある。
大切な一票は自己の我欲の為でなく、町の再生への力となる方に「大切な清き一票」をお願いしたい。
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