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 「友だち作戦」はアメリカ軍が大震災で南三陸町などの被災地救助にとった救援活動名です。全世界、全国からの支援により、南三陸町は復旧復興への道を歩んでいます。南三陸町のみなさんは全てが友達であり一体となり、喜び、苦しみ、悲しみを共有しながら、共に南三陸町で今後も生活して行きたいと思っています。

町民のための議員としての原点はここから

2009年10月の選挙

2013年10月27日町議選挙
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情報漏洩の調査不明のままで2

2011-06-12 12.40.49
行政体制に不安を抱いているが、「震災自治体だから」とはいつまでも言っていられない。NHKの記者に「この町は悲劇の町から・・・」と言う話した事を思い出す。
NHK放送に対し殉職家族から「放送倫理審査委員会」に、放送への抗議がされている。結果についてはその後何も聞いていない。町からのNHKへの抗議も「情報収集の経緯は教えられない」と言う。それ以上の町からの抗議も調査もない。この結果に深く追求しようとする気が無いようだ。
震災直後から、中瀬町仮設に密着していたのが、NHK仙台の女性記者だったと思う。町長の取材担当として、町の対策・被災者の仮設生活・町長の生活、心情を聞き取り取材をしていた。当時の問題に「トレーラーハウス」があった、支援団体からの支援品であるトレーラーを、私物として家に持ち込んでいた。これは指摘後に別の場所に移され、現在も町への支援者が使っている。このトレーラーでの取材も二人の中であったと聞く。情報発信側と情報収集としての関係の間で、「被災の町からの「情報発信」と言う互いの利益がこの関係にあり、当然の事と理解する。しかしながら、密室の二人のやり取りがある。3.11のドキュメントでは町長自らで食事を一人で取る姿が放送されていた。勿論、ドュメントの最後のテロップには、彼女の名前もあった。
報道各社の情報収集・報道合戦が震災直後の南三陸町ではおこなわれた。写真は津波後の城場地区にあった志津川保険センターで、海からは1K以上も離れているのに、船が仰向けになっていた。道路の復旧は避難場所だった志津川小学校への応急の開通である。
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